99/12/20
第五回
ベストアルバム
1990-1999

Selected by Sadanari Deluxe







− 夜空ノムコウの年に、'90年代の傑作登場 −




Paper Driver's Music
キリンジ
WPC6-8474 (wea japan)


■ '90年代で最も衝撃を受けたアルバム [ ROCK , POPS ]

 '90年代で最も衝撃を受けたアルバムであり、'95年の砂原良徳『クロスオーヴァー』と並ぶベスト1といえる。堀込兄弟によるこのデュオのデヴューは、'90年代の音楽界のひとつの「事件」であるとまで言える。

 先日ある映画関係者と話をしていたところ、話題がフィンランドの異才、アキ・カウリスマキに及んだ。するとその人が俄然息を荒くした。「とにかくカウリスマキは凄い。小津を、キャプラを、デ・シーカを、全てを吸収して更に昇華させている」と。
 結局我々は過去の偉才達の上に生きており、彼らの偉業を踏まえつつ今、何が出来るか?というスタンスしかないのではないだろうか。そう考えると、カウリスマキの方法論と、キリンジのそれは似ている。そして「更に昇華させている」というところも。
 例えばシュガーベイブのリズム、例えばはっぴいえんどの諧謔精神...いや、いくら挙げてもキリがない。スティーリー・ダン、バート・バカラック、はちみつぱい、吉田美奈子や大貫妙子...とにかく我々音楽ファンがここ20〜30年位の間に聴いて来た良質なサウンドの全てが吸収され、カヴァーではなく、あくまでオリジナル・ナンバーによって再現=昇華されている。それにしてもこのブラスの、ギターの快感は何なんだ!

 ヴォーカルの問題、歌詞の問題も重要だ。今回の特集のためにここ10年分の世界中の音楽を聴きなおしたわけだが...何なんだよ、日本のロックは?いわゆるJ−POPやヴィジュアル系の連中。あんな妙な、不快な歌い方をしている音楽なんて世界のどこにもない。今回の聴きなおしでつくづくそう感じた。英語の出来ないコンプレックスの裏返し、音楽的な才能の欠落を巻き舌のヴォーカルで誤魔化しているとしか思えない。じゃぁ音楽なんて辞めちまえよ、と言いたい。
 そこでこのキリンジ。そのヴォーカルはあまりにもストレートで、一瞬戸惑ってしまう程だ。自分たちのメロディーで、声で、自分たちの音楽をやる自信が漲(みなぎ)っている。前出のシュガーベイブとの共通性を最も感じたのはその部分だ。'70年代の半ばに独自のサウンドを生み出した山下達郎の自信に満ちたピュアな歌声。それと同じものがここにはある。
 さらにその歌詞。「悪意の波長は荒れ模様/この雨を見くびるな/みぞおちを蝕んでゆくだろう/深く深く」−現代詩の様なこのシュールさにはめまいを覚える程だ。一体何者なんだ?堀込兄弟?!そしてこの斜に構えた姿勢、屈折した自己表現こそが「ロック」なのではないかと思うのだが...。

 なんだか必要以上に長文を綴るのが無意味な様な...。言いたい事は只ひとつ、聴いて欲しいということだけだ
 この1枚に興味を持ったらならば、'99年リリースのセカンド・アルバム『47'45"』も是非。最高のシティ・サウンドに乗せて、限りなくブラックかつシュールな歌詞の続く傑作である。特に歌詞のパワー・アップが著しい。「低く飛ぶ遊撃手はいなせななり/ベリィロールで大見得きれ」−彼らの爆走を止める事は誰にも出来ない。




Taming The Tiger
JONI MITCHELL
WPCR-2055 (wea japan)


■ 一面の雪原に、ジョニの歌声... [ ROCK ]

 このアルバムを買ったのは'98年の暮れ、この年の12月20日からスタートするロック・クロスレビュー「ロック・クルセイダーズ」第一回のためだった。
 ところが...言い出しっぺの私が恒例の(?)日本縦断支店巡り出張にあたり超多忙。仕方なく出張カバンにウォークマンと資料を詰め込んで...そう、北海道で聴いたのだ。そして、それが最高だった。

 札幌出張が丁度週末にあたり、帰路を急ぐ必要はない。「ここはひとつ...」と以前から考えていた「札幌〜戸越公園、電車で帰宅」を遂行した。面白かったが...もういいや。二度はやらない。仙台あたりで思いっきり飽きました(笑)。
 そんなわけで、このアルバムを聴くとその時に見た北海道の光景、抜ける様な青空と一面の雪原が強烈に浮かんで来る。これは単に「私がそこで聴いたから」ではないだろう。実際にそんなサウンドなのだ。そこで思い出されるのが、このアルバムのリリース時に比較されることの多かったジョニの名盤『逃避行』('76)のジャケットだ。考えてみればあのアルバムは、雪原に佇むジョニのモノクロ写真がカヴァーになっていたではないか。

 アメリカの音楽界ですっかり大スターになってしまったジョニだが、その心にはいつも出身地であるカナダ西部の原景が映っているのかもしれない。私はたまたま、北海道を行く列車の中で聴き、それに気付いてしまったのか...。




RUFUS WAINWRIGHT
Rufus Wainwright
MVCA-24010 (Universal Victor)


■ TVスクリーンに現れた、皮肉屋の青年 [ ROCK ]

 TVを観ない、という友人は多い。そのほとんどは音楽ファンで、「クダラない歌謡曲とか、イヤなんだよ」などと中々の辛口である。可哀相になぁ、TVから流れて来るのは雑音だけじゃないのに。ごくまれにはっとする様な出会いもある。例えばこのルーファス・ウェインライトの様に。

 ヴェネトンの説教臭さに対抗して(?)、GAPのTVCMはひたすらヒップでクールだ。床も天井も真っ白のセットに、ただ人物のみが現れる。ある者は歌い、ある者は踊り、ハーブ・アルパートはトランペットを吹き(笑)。そのGAPのCMにグランド・ピアノと共に登場し、何ともネバっこく歌い出したのがこのルーファス・ウェインライトだった。
 最初は誰だか全く判らず、そのサウンドに驚いた。そのうちにMTV番組で同じ声を耳にした。曲は「エイプリル・フールズ」。そしてそのアレンジに叩きのめされた。

 ここでもまだその正体は掴みきれていなかったのだが、暫くするとあちこちの雑誌で採り上げられる様になり、やっとCMとMTVと、そしてプロフィールが揃うことになる。それが、実に、大変な奴だった。
 有名ミュージシャンを両親に持ち、音楽大学ではバート・バカラックの後輩にあたる、そして今まで耳にしていた曲のプロデュースは我が最愛のヴァン・ダイク・パークス

 こんな出会いをもたらしてくれるなんて、TVも中々ヒップな奴じゃないか。しかしTVCMの放映期間なんてほんの僅か。今やかのCMも幻となってしまったが...このCDはお近くのCDショップにて購入可能である。(こちらのページにも詳しいレヴューアリマス)




PAINTED FROM MEMORY
Elvis Costello with Burt Bacharach
341 538 002-2 (Mercury)


■ ワタシのヒーローが共演した! [ ROCK ]

 薄暗いスタンドの元でマンガを読みながら深夜放送を聴きまくり視力が激しく低下、メガネを掛け始めたのが中学1年の時。そんなメガネ人生20余年の私の、中学生以来のヒーローが同じく「メガネロッカー」であるエルヴィス・コステロだった。一時はメガネにコンプレックスもあったけれど、超ド近眼乱視入りで裸眼では道も見えない(!)私にとって、黒ブチメガネでシャウトするコステロは心からの「憧れの兄貴」だった。シビレまくっていた。コステロに対する熱い思いはこちらのページにもじっくりと書いてある。
 そしてバート・バカラック。彼は私に「ポップスの面白さ」を教えてくれた恩人の様な人だ。そもそも小学校に入る前ごろに、日本でバカラックの大ブームがあり、幼心に彼の代表曲は聴いていた。パンクだ、テクノだとツッパっていた高校生のとき、密かにディオンヌ・ワーウィックの中古シングルを買ったりもしていた(笑)。やはりココロのどこかに抱き続けている人、だったのだろう。そして一昨年、こちらのページで書きまくった。

 不思議なこともあるものだ。この二大マイヒーローが共演してしまったのだ。かたやパンク・ムーヴメントと共に登場し、1900年代の終盤20数年を駆け抜けた英国の「怒れる若者」(今やオヤヂ)。そしてかたや'50年代から活躍し、かつてはマレーネ・デートリッヒのバックも務めた米国音楽界の大物、ちなみに御年70歳。共通点は...どちらも私がファンであるということか(笑)。
 しかしこの共演に納得している人も多いのではないだろうか。そして実は私と同様に、この二人ともにファンだった、という人は少なくはないのではないだろうか。そもそもコステロは10年以上前からバカラックの曲をカヴァーしており、その「前兆」がないわけではなかった。例えば『アウト・オヴ・アワ・イデオット』('84)に収録された「ベイビー・イッツ・ユー」を、『KOJAKVariety』('95)の「プリーズ・ステイ」を聴き、バカラック・ナンバーを完璧なまでに歌いこなすコステロに、「この二人、近いものがある!」と気付いた人もいるだろう。私もその頃から密かにこの組み合わせに興味を抱いていたクチだ。もっともクリティックに分析などしなくても、耳で自然にその「近さ」を感じていたのかもしれないが。

 そして'96年、満を持しての共演シングル「ゴッド・ギヴ・ミー・ア・ストレングス」発表。同曲は映画のエンディングに使われて、この共演、一回限りの企画モノかと思われたのだが、出てしまったよ、フルアルバムが。感無量である。
 しかしまぁ、いざ本格的な共演を聴くとこの二人、まるで「英米に離れて住むオジサンと甥っ子」の様だ(笑)。前述の通り、両者のナンバーを熱心に聴き続けて20余年という私が聴聴くと...一曲の中にコステロが出て来たり、バカラックが出て来たり。笑ってしまうくらいそっくりなのだ。「あ、ここコステロ。むむ、でもサビはバカラックだぞ」という感じ。そしてこんな贅沢が許されるのか!という至福も感じる。

 マニヤックなことを一言だけ書くと、ピアノのバカラックとキーボードのスティーヴ・ニーヴ(元・アトラクションズ、コステロの片腕)の共演も聴きモノである。この二人こそコステロ=バカラック以上に通じるものがあるのだ!そしてその結果は極めて芳醇なアレンジとなって見事に表現されている。うむ、ある意味でいえば'90年代を象徴する名盤、1900年代音楽のひとつの結晶、なのかもしれない...。
 難しいことはいいや!グラミー賞云々もあくまで「結果」のハナシ。ともかく、「気持ちのイイポップスが聴きたいな」と思った人にお薦めの一枚。ジャケットに溢れる二人が微笑む写真の数々が、このアルバムの楽しさと成功を物語っている。理屈ぬき、である。

 映画『オースティン・パワーズ・デラックス』ではコステロ=バカラックと更にはかつてのアトラクションズのメンバーまでが「辻音楽師」として出演。早々に背景に映っているのに、中々紹介されず、うしろでニヤつくメンバーたち−「あ、さっきからコステロとかいるけど、まだッスか?」−という演出には爆笑してしまった。共演が素晴らしいものであったこと、ハッピーなムードで行われたことはあの一場面からも良く判った。




fundamental
BONNE RAITT
7243 8 56397 2 2 (Capitol)


■ 深夜TVに登場した私のギターヒロイン [ ROCK ]

 ボニー・レイットにはちょっとした思い出がある。まだ千葉の独身寮に住んでいた頃、深夜につけたTV画面に、ストラトキャスターを持ったオバサンが浮かび上がって来た。驚いた。そりゃロックをやるオバサンもいるけれど、クラプトンばりのストラトとの組み合わせはちょっと異質。そのワイルドな(?)組み合わせがあまりにも斬新で...。それがこのボニー・レイットだったのだ。またこの人、ハスキー女優の佐藤友美に似てるんだよ。あの人がストラト持ってロックしてたら、そりゃ驚きますよね(笑)。そんなわけで、その夜から彼女は私の「ギター・ヒロイン」(?)となった(ジューシー・フルーツのイリヤ以来二人目)。

 ではそれから彼女のアルバムを聴きまくったかというとさにあらず。なんだかカントリーっぽいのとか、ちょっとブルース入っていたりで、「新しい音」を追いかけていた私にはイマイチマッチしなかったのだ。しかし世の中良く出来ている。ロス・ロボスやラテン・プレイボーイズ、チボ・マットなどで馴染みの深いプロデューサー・チーム、ミッチェル・フルーム&チャド・ブレイクが彼女の作品に参加したのだ。よっしゃ、こりゃ買うしかない。そして聴いてみると...傑作だった。

 かつてあるページに書いた文章の再録になってしまうのだが、このアルバムの魅力は「ヴェテランの新譜を若い連中に飛びつかせる、病みつきにさせる」というところではないだろうか。日本のロック・ファンはマジメなので、ヴェテラン勢に対してのリスペクトが深い。深いのだが、では身銭を切って、新作を買っているかというとそうとも言い切れない。ロック・ファンの多くは'80年代のチープなニューウェイヴや、'90年代のヴィザールなモンド・ミュージックの洗礼を受けており、妙なハナシ、「ストレートなロックを正面から受け付けられない」−要するにヒネクレちまっているのだ。
 ヴェテラン勢のアルバムはそりゃ尊い。尊いのだがあまりにもピュア過ぎて、ヒネクレた我々にはタイクツに感じてしまう、というのも偽らざるキモチだろう。しかしそこに我々と同じセンスを持った、ヒネクレ・プロデューサー・チームなどが加わると...この様な名盤が誕生するわけだ。今もかけながら書いているのだが...ああ、キモチいい!

 「聴いてはみたいけど、オシャレなワタシにはカントリーやブルースはちょっと...」というanan読者などにも薦められる秀作。サウンド的には低音にポイントを置いた、くぐもった音質が斬新で面白い。ミッチェル&チャドの十八番、ヴィンテーヂ・キーボードの使用も極めて効果的だ。いや良く出来ているよこのアルバム。
 しかしこう考えるとダスト・ブラザーズと作ったストーンズの新譜ってのも良くできた作品だったんだな。やっぱりベストに入れておけば良かったかな...。





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