99/12/20
第五回
ベストアルバム
1990-1999

Selected by Sadanari Deluxe







− ガッツだぜ ! ! の年に、重厚なロックが −




Colossal Head
Los Lobos
9362-46172-2 (Warner)


■ ヒスパニック・パニック! [ ROCK ]

 '94年のラテン・プレイボーイズのレヴューで「これは単なる前兆だった。'96年につづく!」と書いた。その「つづき」がこのアルバムである。超弩級重厚ロック・アルバム。しかもサウンドはアメリカン・ロックではない。"ヒスパニック・ロック"とでも呼べいいのか、ロックといえば「聖地は南部」というけれど、これはそこを通り越してメキシコあたりからやってきた、まるで熱波の様なサウンドだ。

 このロス・ロボスというバンド、世間的な認識はどうなのだろう。'87年に映画『ラ・バンバ』のテーマ曲を演奏。なまじヒットして「笑っていいとも」なんかにも出ちまったのが運のツキ。ヤング・ギャルあたりには「あれ、まだ居たの?」なんて言われそうだが...それはとんでもない見当違いだ。私の認識は「今世界で最も先進的なサウンドを創るバンド」。しばらく目が離せない危険な連中である。しかし実は20年以上のキャリアを持つヴェテラン・バンド。メンバーはかなりの高齢なのになぁ。むむ、日本にもそんなバンドがあったな、"ムーンライダーズ"とかいう...。

 メキシコあたりの、と書いたが、バンド自体はメキシコのバンドというわけではない。メンバーはイーストLAのメキシカン・アメリカン・コミュニティの出身。このロックの近未来を予言するかの様な斬新なサウンドがWASPの連中ではなく、アメリカでしたたかに生きるエスニック・グループの中から生まれたということが快感でもある。
 しかしこの捻ったサウンドは彼らのようなバックグラウンドを持つ者にしか出来ないだろう。粘っこいギター、ある時は高音、ある時は重低音でブッ飛ばすブラスそして変則的なリズム。プロデューサーであるミッチェル・フルーム&チャド・ブレイクのカラーが出たものではあるが、プロデュースによって「作られた」サウンドではない。アメリカに生きる、メキシコ系人種としての視点が生み出した非ホワイト・ロックの傑作である。
 ルーツ探究という視点から言うと、なぜか私は折り目正しいブルース・ロックより、こちらの危険極まりないチカーノ・ロックの方が肌に合ってしまう。ラテン系なのか?俺?

 メンバーの方向性とプロデューサーの指向が見事に一致した名盤。順番に説明して行くと、まず彼らの出会いは件の「ラ・バンバ」レコーディング時に遡る。ちなみにあのタイトル曲はスペイン語ナンバー初の全米一位を記録している。
 '92年に今度はロス・ロボスのアルバム全体のプロデュースを行い、やはり名盤の声の高い『KIKO』を発表。'94年にはミュージジャンとプロデューサー・チームという関係を超えて、ミッチェル&チャドとロス・ロボスのデイヴィッド・ヒダルゴ、ルーイ・ペレスの4人で別ユニット"ラテン・プレイボーイズ"結成、そして2年後に発表された2回目のプロデュース・アルバムがこの『コロッサル・ヘッド』、というわけだ。

 ああ、これ以上詳しく書いているとロス・ロボス・サイトになってしまう(笑)。ともかく衝撃的な一枚だった。しかし、これを上回る秀作が数年後に三たび登場するとは...'99年につづく!




All This Useless Beauty
Elvis Costello
& The Attractuions
9362-46198-2 (Warner)


■ 哀しい程に美しいダミ声の響き [ ROCK ]

 エルヴィス・コステロについては「入魂!」という感じの文章を既に発表しているが、このアルバムの賛辞ならばいくらでも書ける。あちらにも書いた通り、このアルバム、コステロのキャリアの中でもなかりの傑作に位置づけられるのではないだろうか。名盤である。

 ストレートなパンク・ロックかと思いきや、ヒネったポップセンスで辛口ロック・ファンを狂喜させた初期の秀作。続いて'80年代前半にはブルースやカントリー、ルーツ・ロックに傾倒し、変名まで使ったりして少々不思議な展開も見せた。'89年の「ヴェロニカ」の大ヒットを経て、次の一手でまた迷走。「この後はどうなってしまうのかな」と思わせたコステロであったが、この『オール・ディス・ユースレス・ビューティ』を聴いた時に、安心した。「辿り着いたな」という気がしたのだ。
 コステロの魅力のひとつである明確かつ切ないメロディ・ラインが次々と溢れ出し、ヴォーカルも冴えていた。これが最後の共演となった"ジ・アトラクションズ"の演奏も素晴らしく、キーボードの凝った音色などは前出のミッチェル&チャドも思わせる緻密さである。売れっ子のプロデューサーなどを立てなくても、自分達のチカラでこんな極上のサウンドを演ってしまうところが、スゲェな、やっぱり。

 前言を翻してしまう様で恐縮だが、ラテン・フレーバーなどなくても、ストレートなロックでもこんなに美しく力強いものが創れるのだという見本。老若男女にお薦めしたい良質なロックの見本である。




ODELAY
BECK
GED24908 (GEFFEN)


■ 説明不能のどこにもない音楽 [ ROCK ]

 先頭ページにも書いたが、今回の特集は売り上げよりも内容、しかも「面白いコトやってる」を条件にセレクトしている。このベックの二枚目、『オデレイ』などまさにそれにマッチする、いや、これはかなり売れたんだったな。

 この年の8月、吉祥寺にテリー・ギリアム監督の『12モンキーズ』を観に行った。その帰りにPARCOの中の吉祥寺WAVEへ寄り、店内に鳴り響いていたのが1曲目の「デヴィルズ・ヘアカット」だった。「な、なんだこの曲は?!」と驚き、店員に「すいません、コレ、誰ッスか?」と尋ねて即、購入。

 この文章を書いている'99年12月時点では彼の4枚目にあたるアルバム、『ミッドナイト・ヴァルチャーズ』あ話題となっているが、私はこの『オデレイ』の方を高く評価したい。ベック流ファンクを機械を使って表現した最新作も確かに面白いが、やはり「機械を使ったファンク」と分類され、一言で語られてしまうのだ。しかしこの『オデレイ』には説明不能の凄味がある。「どこにもない音楽」を創り出してしまったという凄味である。




「東京」
サニーデイ・サービス
MDCL1303 (MIDI)


■ サニーデイの登場は'90年代の奇跡のひとつ [ ROCK ]

 このころになるとそろそろ「お化粧系」バンドも登場、日本の若手バンドはより一層絶望的になって来るのだが、いやぁ、奇跡は起こるものである。例えばこのサニーデイ・サービスの登場の様に。

 サニーデイは実はこっそりと、少し前から聴いていた。雑誌で紹介されていたデビュー・アルバム『若者たち』にただならぬ気配を感じ、そっと買ってたまに聴いていたのだ。「こっそり」とか、「そっと」という言葉が多いが、前作でのサニーデイはまさにそんな感じ。「うぉー、ノリノリだぜ!!」ではなく、神保町あたりの古い喫茶店で静かに流れている良質の音楽、といった趣だった。
 しかしこの『東京』は違う。明らかに脱皮し、スケールアップした彼らのサウンドは一人で楽しむものを超え、他人に薦めまくり、声高に絶賛を叫んだ。

 FMで偶然聴いた2曲目「恋におちたら」をはっぴいえんどの"新曲"(?)かと思い驚いた、という話は一昨年のページにも書いた。リーダーの曽我部恵一は私よりもひと世代下なのだが、こういう世界を描いてくれる若手はいるんだなぁ...。まぁ我々(後追いはっぴいえんど世代)もリアル・タイムのおぢさん達からは、同じ様なことを言われているのかもしれないが...。




new world order
Curtis Mayfield
WPCR-847 (Warner)


■ 感動の歌声は、本当に淡々と... [ ROCK ]

 '80年頃のイギリスに"フライング・リザーズ"なるバンドがあった。バンドといってもデイヴィッド・カニンガムという青年が一人で"経営"するユニットで、チープなシンセの上に調子っぱずれの女の子ヴォーカルを乗せたいかにも'80年代風のニューウェイヴ・バンドだった。
 その彼らのヒット曲が「ムーヴ・オン・アップ」。この曲を通じてオリジナル・アーティストである"カーティス・メイフィールド"の名前を知った30歳代のロック・ファンは多いだろう。

 変な入り口だったがカーティスというオッサン、中々カッコイイ曲を作る。さて最近はどうしているのかと調べると...ステージ事故により脊髄損傷、半身不随となっていた。'90年8月、ブルックリンで起きた悲劇である。
 そしてこの「ムーヴ・オン・アップ」を筆頭に、サウンド・トラックとしても有名な「スーパー・フライ」や「ゲット・ア・リトル・ビット」、「ジーザス」など彼の輝かしいキャリアを知ると、その事故が天才に降りかかった絶望的なアクシデントであると理解でき、神妙になった。

 そのカーティスが復活!一時の病状からすれば信じられないことである。'60〜'70年代にかけて、ソウルのスーパースターであった彼が'90年代の始めに体験した悲劇、それを経て語られる歌の数々は、吐き出されることばすべてが重く、深い。例えば2「バック・トゥ・リヴィング・アゲイン」や12「レッツ・ノット・フォーゲット」など...。

 ないよりも素晴らしいのは彼が自らの体験を恨むでもなく、声高に叫ぶでもなくかつてと同じ美しいファルセットで淡々と歌い通していることだろう。この年の12月に私は一念発起、生まれて初めて「借家」をして、完全な独り暮らしを始めたのだが、古い部屋の最後の記念写真は、このCDを飾って撮った。


'99年12月27日追記 カーティス・メイフィールド急逝

 このレヴュー発表からわずか一週間後の12月26日、カーティス・メイフィールドは急逝してしまいました。57歳でした。死因など詳細は不明ですが、日曜朝の病院での穏やかな死だったようです。
 27日の東京新聞夕刊で知り、あわててCNNサイトを見ると、「アメリカ音楽の伝説」という見出しと共に、実にSHOWBIZのトップで報じられていました。偉大さを改めて痛感。
 しかし、これでこの『new world order』は遺作になってしまいました。是非数多くの人に聴いて欲しいと思います。黙祷。





"Bug Music"
don Byron
7559-79438-2 (NONESUCH)


"BOAT,DRIVE IN."
CITRUS
PSCR-5432 (Trattoria)



 ヴェルナ・ヘルツォーク監督の映画『緑のアリが夢見るところ』('84)はオーストラリアの原住民、アボリジニと、かの地の開発のために乗り込んだ鉱山技師の対比を描いた秀作。その中で「口がきけない老人」というのが出てくる。実はこの老人、口がきけないのではなく、彼の部族の言葉を解する者が他に誰もいなくなってしまったので"結果的に"口がきけない、というオチだった。言葉なんて不確かなもの。ささいな空気の振動にすぎず、瞬間的に空中に消えてなくなってしまうのだ。

 音楽も同じだろう。譜面の出来た中世以前の音楽は伝承されているものしか知る事が出来ないし、演奏者が目の前にいなくても音で再現出来るようになったのはエジソンの蝋管レコード以降、わずか100年のことなのだ。
 アメリカの黒人クラリネット奏者、ドン・バイロンはそうした歴史の中で忘れ去られた音楽を見つけ出し、再現した。アルバム『バグ・ミュージック』から流れ出すのは'30年代に人気を博し、「やがては一般大衆と評論家の"気まぐれさ"の犠牲となった」(バイロン本人による解説)レイモンド・スコット、ジョン・カービー、そして初期デューク・エリントンのナンバーである。バイロンはここで超有名人であるエリントンと、今では語られる事のないジョン・カービー、更にジャズメンと認めない人さえいるレイモンド・スコットを同列に扱い、その本当の価値を問うている。

 しかしこうした、一歩誤ると「音楽学者の研究発表」の様になってしまう題材をあくまでヒップに、洒落っ気たっぷりに料理したとこはさすがニューヨークきってのモダニストである。なんたってジャケットもかわいいしね(笑)。サウンドも徹底的にハッピーで、こんな音楽を葬るなんて!とバイロン同様の怒りを覚えてしまうほどだ。
 彼がホームグラウンドとするNYの前衛ジャズクラブ"ニッティング・ファクトリー"は今、世界で一番行ってみたい場所だ。



 ベックのところで書いたけれど、とにかく「面白いコトをやっている音楽」を聴きたいと日々思っている。全体を通じて「驚いた」という言葉が多用されてちょっと恥ずかしくもあるのだが(苦笑)、ともかくちょっとした驚きを伴ったサウンドを追い求める日々なのである。
 往々にしてそうしたサウンドはインディース連中などから発せられることが多い。例えばこのシトラスの様に。
 うーん、インディーズ系バンドではあるが、リリース自体はメジャーからだったな。小山田圭吾を大看板にしたポリスターの"トラットリア・レーベル"からリリースされたこの一枚。なかなかユニークなサウンドで一発で気に入った。アコギを入れたステレオ・ラブの様な音は、ちょっと他に例がなかった。
 最近もインディーズ系の若手バンドの音は良く聴くけれど、皆、中途半端な"ボサもどき"とウイスパー・ヴォイスとかでねぇ、あとは"ゆるいギターポップ"とか...。このシトラスみたいにホネのあるヤツをバシっと決めてくれと切望する日々なのである。





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・サダナリ一念発起、独身寮を出て都内にマンション借りる
・ホームページはまだやらず、今考えると模索の時期(30〜31歳)





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