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98/12/23
第六回
入魂企画
はじめてのJAZZ
世界一わかりやすいジャズ入門
ジャズ映画大特集
Jazz on the Screen Vol.1




2 まだあるぞ伝記映画








ジャズ・ミー・ブルース
Bix (1991 伊 カラー 118min)

 
スタッフ
 

監督
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. . . . . . プピ・アヴァティ
音楽
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. . . . . ボブ・ウィルバー

 
キャスト
 

ビックス. . . . . . . . . . . . .
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ブライアント・ウィークス
ライザ. . . . . . . . . . . . . .
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. . . . . . .サリー・グロス
ジョー・ヴェヌーティ . . . .
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.エミール・レヴゼッティ
ホーギー・カーマイケル
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. . . . . . . . . . . . . . . . . . . ロマーニ・ルッテョ・オルツァリ
フランキー・トラヴァウア.
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. . . . . . マーク・ソヴェイ

 




■ "ジャズ・エイジ"へタイムスリップ

 語り口が、ちょっと洒落ている。1931年、ニューヨーク。亡きビックス・バイダーベックの兄・バーニーが、「写真の女性」を探している。ビックスが母親の元へ送って来た、美しい女性のことを。

 バーニーはビックスの親友、ジャズ・ヴァイオリンのパイオニアでもあるジョー・ヴェヌーティーを訪ねる。バーニーとジョーは女性を捜し当てるが、彼女は「何のことだかさっぱり判らない」という。しかしジョーは彼女をダヴェンポートのビックスの実家に連れて行く。その列車の中で、ジョーはビックスの生涯について語る。「彼は神の様に吹いた」と。

 話はビックスの生前、1924年に遡る。ラジオの人気バンド、ジーン・ゴールドケット楽団のリハーサルに登場したコルネット奏者のビックス。譜面のページが違っていても、「いいんだ」と言い、編曲にないオリジナルな旋律を吹き始める。
 今ならば何でもない「アドリブ」だが、当時のビッグバンド・ジャズにはその考えがなかった。リーダーは激怒。その場でクビになってしまう。

 彼に目を掛けたのはイタリア人のヴァイオリン・プレイヤー、ジョー・ヴェヌーティーであった。彼のつてで仕事にありついたビックスは、更に1年後、クラリネット奏者ピー・ウィー・ラッセルと共にフランキー・トラバウワー楽団に参加。大スターとして人気を博す。
 そこに歴史的作曲家でピアニストのホーギー・カーマイケル(「スター・ダスト」「我が心のジョージア」の作者)が現れる。彼は告げる。かつての仲間、ドン・マレーが亡くなったと。大麻をヤりながら車を運転し、事故死。「破滅」とでもいうべき死にざまだ。そして話は彼らの出合い、1921年の寄宿舎に遡る。

 アイオワの裕福な家庭に生まれたビックスだが、留年が重なりイリノイにある寄宿舎に入れられる。ここのルームメイトがドンと、のちの大作曲家ホーギーであった。彼らに連れられてジャズ・クラブを訪れたビックス。「門限に遅れる」と心配していた彼だが...寄宿舎に戻ったのは翌朝の8時だった。
 母親の病気などもあり、一旦アイオワの実家に帰ったビックスだが、彼を誘いにやって来たドンとホーギーに連れられて、学生バンドに参加する。このバンド、ザ・ウォルベリンズで彼らは人気を得る。押し寄せたファンに楽屋のドアが破られそうになる程。
 しかしビックスの生活は荒れて行く。安宿に泊まり、酒に溺れて。そんな中でSP盤として吹き込んだのが、のちに歴史的名演と言われる「ジャズ・ミー・ブルース」であった。姉の結婚式のため、シカゴからタクシーを飛ばして帰省したビックス。泥酔し、乱れたタキシードで家族の前に現れた。次第に、ビックスは壊れて行く。
 バンドはさらにニューヨークにも進出。しかしビックスは当時の人気楽団、フランキー・トラバウワー楽団に移る。ウォルベリンスは解散。ドンが荒れて、死に至ったのはそれが引き金だった。

 ビックスの流転は更に続く。「キング・オヴ・ジャズ」と呼ばれるポール・ホワイトマン楽団に参加するが、ホテルの部屋を壊す、ベッドの上で失禁するといった奇行を繰り返し、アルコール中毒の治療施設に入れられてしまう。
 退院後、兄に家業を手伝うように薦められるが、ジャズへの思いは絶てず、ニューヨークに戻る。ここで彼は、母親を安心させるために嘘をつく。恋人−普通の家庭の良い娘−がいるというのだ。

 ホワイトマンに会うビックス。酒のためにホワイトマンからの信用は薄い。遅刻を避けるために、劇場に泊り込む。ソロを執るが音を外し始める。破滅がプレイにも押し寄せた。シラフだと吹けない。酒を飲むとサエる。そしてついに、リハーサル中に倒れ、実家で静養を始める。
 家族皆に暖かく迎えられたビックスだが、田舎町の暮らしには耐えられなかった。更に送り続けていた自分のレコードが、封も切られずにしまわれているのを観て、再び破滅へと歩み始める。結婚して恋人を連れて帰りたいとニューヨークへ行くビックス。それはもちろんでまかせで、彼の目的は「ジャズ」であった。

 1931年、ニューヨーク。ラグタイム風のホワイトマンから。スウィングの先駆け、トーミー・ドーシーやベニー・グッドマンに人気は移っている。再びこの街を歩くビックス。ふと思い立ってコルネットではなく、ロマンチックなオリジナルのピアノ曲「イン・ア・ミスト」をレコーディングする。しかし同時に、これは彼のラスト・メッセージでもあった。
 ホーギーに誘われ、1年振りのコルネット演奏。ここでレコーディングを前にスタジオを抜け出して止めている筈の酒を飲みに行くのだ。ここが、堪らなく、虚しい。そして彼はもう、完全に吹けなくなっていた。レコーディングで失態を演じ、スタジオを後にする。

 そして彼が最後に姿を現したのはニューヨークの写真館だった。店主に金を握らせて、ショーウィンドウの見知らぬ女性−ライザ−の写真を買った。それを彼は「花嫁だ」と偽って実家に送った。その直後、彼は昔の仲間に電話を掛けまくった。「カムバックするから楽団をやろう」と。そして彼はアパートでうつ伏せの死体となっていた。

 そこまで話してジョーとライザはビックスの実家に到着した。母親に迎えられるライザ。実家のピアノの上にはコルネットを持った正装のビックスと、彼が送ったライザの写真が並んでいた。文字にすると味わいが薄れるが、このエンディングはちょっとグっと来る。


' Bix '


■ かいせつ

 今回の特集を作成するために、膨大な量の資料を読み込んだ。映画プログラム、ジャズ専門誌、CDライナー等々。その中で思わず「ふう」と息をついてしまったのが、プログラムに収録されていた作家・常盤新平氏によるこの作品の解説であった。惚れ惚れする位に巧いのだ。「文章はあくまでオリジナル」をポリシーとしていたが、今回に限り氏の文章を引用しつつ進めて行こう。

 1920年代、アメリカ。「ジャズ・エイジ」の物語である。この時代の特徴は「それが1920年代であったこと」だ。禅問答のようだが、1920年代は未開の'10年代とも、不況の'30年代とも違う、あまりにも特異な、狂瀾の10年−Crazy Dicade−であったのだ。ジャズの話ばかりでは飽きてしまうので、このへんで明るく哀しいアメリカ近代史のおさらいを少々。

 この時代の人と出来事を考えると、今や儚い夢の様に思える。ジャズ・エイジの名付け親、作家スコット・フィッツジェラルド、初の大西洋横断飛行に成功した−というか『翼よあれが巴里の灯だ』の−チャールズ・リンドバーグ、ボクシング・ヘビー級チャンピオンのジャック・デンプシー、そして世界一有名なギャング、アル・カポネ...彼らは'20年代に名を上げ、'30年代が訪れると幻のように消えて去った。常盤氏は彼らのことを「'20年代が終わると用がなくなっていた」と言い切った。天才作家も英雄も、泣く子も黙るギャングの親玉も、「用がなくなってしまった」のか(苦笑)...。
 しかしこの表現こそ、この10年を見事に言い当てていると思う。氏は「1920年代に、よくも悪くも名をあげた人たちは生きるのが下手くそで、新しい時代に適応出来ず、古い時代に殉じてしまった。古い時代とは'20年代である」と続ける。前置きが長くなったが、この映画の主人公、ビックス・バイダーベックもまさに'20年代そのものであり、'30年代を生きることは出来なかった様だ。
 白人初のジャズ・ジャイアンツであり、アドリブ・ソロの創始者、'20年代中盤の全盛期には「神の様に吹いた」とまで言われた彼も、'30年代に入るとすぐ、安アパートの一室で、うつ伏せの死体にかわっていた。全ては夢の如く...。

 そんな時代の空気と、ビックスという人物の儚さが、痛い位に伝わってくる。これはかなりの名画なのではないだろうか。私は日本公開直後の'92年にスクリーンで観たが、上映後、心の中になんとも言えぬやるせなさが「ずしん」と残った。その中身は...何だろう?。早すぎた天才の苦悩、生命の危うさ、ジャズの歴史のいたずら、更には故郷や、家族、愛について...なんとも巧く「分析」出来ないが、そうしたものが一体となったおもりのようなものが、心に、残る。

 イタリア人監督、プピ・アバティはビックスの音楽に、人間に惚れ込み、数年間の調査、研究を行ったそうだ。文献調査に留まらず、ビックスの墓標を訪れ、生前のビックスを知る人々にも会い、シナリオを執筆したという。そうした努力が、まるでその時代、その場所に迷い込んだかの如き映像を創り出した。
 イラストレーター兼映画評論家でジャズにも造詣の深い故・野口久光氏は、この作品のことを「夢のなかで見たいと思っていた映画に出会ったような作品」と評した。なるほどあの儚さは、妙に生々しい夢を観て、目覚めた後の感覚だったのか。

 常盤氏は「'20年代のアメリカについて考えるとき、この時代を生きのびた人たちよりも、消えていった人たちのことが、まず頭に浮かぶ。消えて行った人達は時代をつくったのだが、あまりにも時代に忠実だった。そこのところが彼らの魅力でもある」と締めくくっている。
 「最も才能のある白人ミュージシャンで、同時に最も不幸な人生を送った人」−監督アバティのコメントである。100年に亘(わた)るジャズの歴史の中、こんな人物もいたのだと心に留めて欲しい。時間経過に判り難いところがあるが、私はこの映画を支持する。




Leon Bix Beiderbecke
1903 - 1931



Bryant Weeks 
in ' Bix ' 


■ ジャズ・ファンの目

 映画を長く追いかけるうちに、ほとんど「歴史的」とでもいうべき古い邦画に辿りついた。戦後黄金期は言うに及ばず、戦前の名作、山中貞雄、伊丹万作、更には小津安二郎のサイレント作品まで。
 ジャズを追いかけ始めてはや10年、最近の関心事(マイ・ブーム?)は「クラシカル・ジャズ」である。どうも人間、「今に至る歴史を知りたい」という欲求があるようだな(笑)。

 その意味でこの映画は超が付くくらいに貴重な作品である。ストーリーが忠実である上に音楽的にも申し分ないのだ。何回も書いて恐縮だが、本当に「タイム・スリップ」だ。
 監督のアバティは『追憶の旅』、『モーツアルト/青春の日々』などで知られ、"イタリアのトリュフォー"とまで評される大物監督だが、実は監督デビュー前の'60年代中盤、ジャズ・クラリネット奏者として活躍していた。この映画の緻密な描写と、音楽面での正確さは彼ゆえのものである。

 ビックス・バイダーベックというと、『情熱の狂想曲』という名作を思い出す方も多いだろう(こちらの作品ものちほどご紹介)。ビックスをモデルにしたトランペット奏者を、マイケル・ダグラスの父親、カーク・ダグラスが演じ、当時はかなりの話題となったのだが、それは優れた「娯楽映画」としてであって、あの作品については「ビックスの演奏とは程遠い音楽を使ったハリウッド流のメロドラマ化であり、ビックス・ファンを失望させたのだった」(野口久光氏)という評もある。アバティ自身も「あの映画のリメイクを作る気はなかった」と語っている。

 さて主演のブライアン・ウィークス、彼は実にいい雰囲気を出している。1920年代風伊達男であり、なるほどビックスとはこんな人物だったのかと納得させるものがある。適役である。元ジャズ・メンの監督のもと、コルネットの練習を重ねて撮影に望んだという。その甲斐あって、演奏シーンには全く違和感がない。お見事。

 しかしためになる映画だなぁ。ニューオーリンズからデキシー、スィング前夜までの中心人物たち、ホーギー・カーマイケル(p)、ピー・ウィー・ラッセル(cl)、フランキー・トラバウアー(sax)、ジョー・ヴェヌーティ(vln)、ドン・マレー(reeds)が正確なポジションで登場。演奏スタイルや使用楽器に至るまで、極めて忠実に再現されている。少なくともジャズを演る者は必見であろう。
 音楽監修はベニー・グッドマン楽団出身のマリチ・リード奏者、ボブ・ウィルバー。フランシス・コッポラの『コトン・クラブ』('84年)でデューク・エリントンの音楽を忠実に再現、高く評価でれた人物である。コルネットの吹き替えはトム・プレッチャー。アドリブの部分まで忠実に再現されているそうだ。

 演奏曲目は20数曲に及び、タイトルチューンの「ジャズ・ミー・ブルース」の他、「メイプルリーフ・ラグ」や「ダーダネラ」等、クラシカル・ジャズの必修曲が数々登場する。ちなみに中盤に出てくる「サムバディ・ストール・マイガール」はTV「吉本新喜劇」のテーマになっているアノ曲である。あのアレンジはコミカルだが、オリジナルはポップなデキシー・ナンバーなのだ(TV版の演奏はピーウィー・ハントのキャピトル盤)。
 コルネット奏者の物語ではあるが、サックス屋も必見。今ではほとんど使われなくなった「バス・サックス」がイヤって位に観られるのだ。当時のアレンジではそれなりにポピュラーなものだったらしい。しかしバスってのはスゴイな、オレのモノよりデカイのだ。









さて次はビ・バップの巨人登場
ハァ〜、ポックン、ポックン





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