Back to the menu

98/07/05
若人のための
日本映画入門
戦後黄金期編






名匠・小津安二郎の世界 





























































































「結婚は金やと思たら、真鍮やったって...」
「真鍮を金にするんだよ。それが本当の夫婦なんだよ」




 昭和30年ごろ、日本の映画界にちょっとした変化が起こる。ワイドスクリーンとカラーの登場である。構図にこだわる小津は、生涯横長のワイドスクリーン作品を撮らなかった。他の監督が次々ワイドを採用しても、小津は頑として使おうとはしなかったそうだ。しかし、カラー化に関してはなかなかに興味を示していたようである。そんな小津が遂に撮影した初のカラー作品がこの『彼岸花』だ。カラー化に関しては、大映から当時のトップ・スター山本富士子が参加するからという事情もあったらしい。
 小津が選んだ色調が、アメリカ調のイーストマン・カラーではなく、ドイツのアグファ・カラーであったことも面白い。渋い、落ち着いた色調、特に赤の発色の良さが採用の決めてであったともいわれている。

 小津が後期に好んで採用した、複数の家族が交錯する物語展開である。主人公となるのが佐分利信演ずる平山渉とその娘、節子(有馬稲子)、狂言廻しとなるのが平山の京都での定宿の母子、佐々木初(浪速千栄子)と幸子(山本富士子)、そして難しい状況にあるのが平山の旧友・三上(笠智衆)とその娘・文子(久我美子)である。
 さらに導入部となっているのが平山の旧友・河合(中村伸郎)の娘の結婚である。実際にこんなにツイタキレタが集中的に起こるかは疑問だが(笑)、こう考えて見るといろいろな結婚と親子の姿を徹底的に凝縮して観せることによって、その理想的な姿を探究しているのかもしれない、と、たった今、この文章を書いていて気が付いた(笑)。


 オープニングがいい。休日の東京駅、ホームの清掃員が新婚旅行に行く花嫁の「品定め」をしている。「キレイな嫁さんっていねぇもんだな」とか、「今日のじゃあれが一番だ」などと笑わせる。最後に天気が悪くなるという話題に持って行かせ「強風警報」の表示を映す。こうした暗示的なショットはサイレント時代から続く、小津調の真骨頂である。
 隣接するホテルで平山の旧友・河合の娘の結婚式が執り行われている。その帰りに、銀座の小料理屋「若松」で一杯やっている平山、河合と堀江。話題は今日欠席した旧友・三上(笠智衆)とその娘・文子(久我美子)についてだった。
 家に帰る平山。娘の結婚は彼とて他人事ではない。家には長女・節子(有馬稲子)と、次女・久子(桑野みゆき)がいる。次女はまだ学生だが、長女は適齢期である。妻・清子(田中絹代)と共に、節子の見合いを考える平山。

 翌日のこと、平山の会社を三上が訪ねる。先日の結婚式には「出たくなかった」と語る、三上。娘の文子に男が出来て、家を出てしまったというのだ。しかも銀座のバーで働いているという。どんなことをしているか、平山に見て来て欲しいと頼んだ。そしてそこにけたたましく登場するのが京都の旅館の女将・佐々木初(浪速千栄子)である。人間ドックに入って、ついでに縁談相手の築地の医師を見定めようというのだ。
 次の日曜日、佐々木の娘・幸子(山本富士子)が平山を訪ねる。母の入院は自分を医師とくっつけようとする「トリック」だというのだ。無理して結婚することはないと言う平山。翌日、節子と幸子が娘同志で話し合い、お互いの自由な結婚を助け合う「同盟を結びましょ」と決めた。

 しばらくして谷口(佐田啓二)という青年が平山を訪ねる。急に広島に転勤になるので、結婚して節子を連れて行きたいと言うのだ。節子に谷口のことを問いただし、「勝手に結婚相手を決めるな」と反対する平山。ここがポイントである。この平山、周りのカップルには「自分の意志で、自由な結婚を」というわりに、自分の長女にはどうしようもなく保守的なのだ。ロシア語のような重厚なセリフ廻しで「不賛成だね」などと突き放す(笑)。しかしまぁ、この谷口も唐突に父親の職場など訪ねたら、反対もされるわ。今の感覚で見れば、どっちもどっちというところか。

 ここで三上父娘の物語が挟まる。平山は三上から頼まれた通り、銀座のバー「ルナ」を訪ね、そこで三上の娘・文子と合う。一緒にいる男性は音大出身のピアノ弾きで、今は酒場で演奏して食い繋いでいるという。ここでは平山は中立の立場を採る。
 幸子と節子の「同盟」の出番である。幸子は築地の旅館に平山を呼び出し、「母親に結婚を反対されたので、東京に家出してきた」と話す。ことの経緯(いきさつ)を語る幸子。例によって、他人のことには寛大な平山に「お母ちゃんなんかの言うこと、聞くことないよ」などと言わせるが、これが幸子の「トリック」、家出から何から全て作り話なのだ。それはそのまま幸子のことで、平山にウンといわせた幸子は、節子に電話で「結婚OK」を告げるという。作戦成功であった。

 谷口と幸子の結婚が決まった。妻・清子は喜ぶが、平山は釈然としない。式にも出ないと言い出す平山だが、最後の最後に結婚を許す。ここで肝心の結婚式が映らず、節子の花嫁姿すら映らないのは前述の通り。次のショットが蒲郡での同窓会になっており、ここで仲人をつとめた河合(中村伸郎)の話で式が終わったことが判る。
 そしてその帰り、京都を訪ねた平山は、佐々木母娘に勧められて清子たちが暮らす広島に向かった。西に向かう列車(ラストの淀川の鉄橋で「観ただけで西行きと判ること」を意識して撮影したそうだ)でエンドマークである。


 それなりに重いテーマなのだが、全編を通してのほんのりとした喜劇仕立てでなかなかの秀作になっている。15年くらいの間に数回観ている(昔はテレビでよくやっていた)が、特に6年前、暗く重厚な異色作『東京暮色』(昭和32年・松竹、主演・有馬稲子)との2本立てで観たときの印象が強い。その対比からこの『彼岸花』の軽妙さが明確に感じられた。そりゃその2本は正反対だよ(笑)。



佐分利信、山本富士子



 リアルタイムで観たわけでもないのに、サイレント、白黒と観続けてこの『彼岸花』を見ると、カラー化された「小津調」に感激がある(笑)。渋いカラー映像の中に切り取られた古(いにしえ)の東京が美しい。冒頭の東京駅遠景、銀座の「若松」、そして浪速千栄子が入院しているのが旧の聖路加病院であるというのが嬉しい。歴史的建築物として名高かった今はなき聖路加が、一瞬ではあるが映る。そして佐々木の入院風景にうっすらと賛美歌がミックスされているところなど、小津ならではのこだわりである。

 最後に、おまけ。平山宅を訪れた佐々木がお手洗いに行くシーンで、廊下に逆さまに立てかけてある長箒を自分で正しく掛けかえる、という演出がある。今や死滅してしまった風習かもしれないなぁ...。早く帰って欲しい客が来た時に、逆さまの箒でさりげなく表現する、という風習があったのだ。それを客である佐々木が自分で直してしまうのだから、本当は(意味さえ判れば)かなり可笑しいシーンなのだが...。確か最近、サントリーの「のほほん茶」のTVCMでこのシーンの雰囲気が引用がされていた様に記憶する。

































































































「お葬式ですか」
「うん、まぁ、そんなもんだよ...」




 遺作である。が、しかし、特に重厚な作りにもなっていないし、特別に壮大なテーマもない。本当に、いつもの、小津調であった。だが、これでいいと思う。詳しくは冒頭のページに書いたが、小津調の必須モチーフが揃ったこの作品、強い衝動こそないものの、ある意味での集大成なもかもしれない、と、これまたたった今、気が付いた(笑)。
 そして私事だが、私が最も繰り返し観ている小津作品である。もちろん映画館でも観ているが、なにしろテレビで頻繁にやっていた。東京12チャンネル(現・テレビ東京)が多かったように思う。あまり頻繁に観たので海軍式の敬礼と、「鱧」(はも)という文字をしっかりと覚えてしまった(笑)。


 川崎の工場に勤める平山(笠智衆)を、旧友の河合(中村伸郎)が訪ねる。川崎球場に巨人対大洋のナイターを観に来たというのだ。河合は自分の会社で働く平山の娘・路子(岩下志麻)の縁談も勧める。
 その夜、平山は河合を誘い銀座の小料理屋「若松」に行く(この「若松」と女将(高橋とよ)は小津のお気に入りであった)。やはり同窓生の堀江もいる。クラス会の打ち合わせだが、野球をフイにした河合はTVの野球中継が気になる。ここで堀江の再婚が話題になる。堀江の二度目の妻は、娘と3つしかかわらない若さだというのだ。ちょっときわどい話題をグロテスクにならずに見せる小津の手腕は見事である。特に「アノほう」という表現がイイ(笑)。そしてもうひとつ、かつての恩師・「ヒョウタン」こと佐久間(東野英治郎)の話題も挙がる。
 平山の家。妻に先立たれ、家族は平山と娘の路子、息子で学生の和夫(三上真一郎)の3人である。一番上に長男・幸一(佐田啓二)がいるが、彼は妻・秋子(岡田茉莉子)を娶りすでに家を出ている。翌日、河合は会社で路子に結婚を勧める。しかし路子は「私が行くとウチが困るんです」と笑う。

 クラス会。恩師・ヒョウタンは立派になった教え子たちに囲まれてご機嫌である。料理の一品をつまんで尋ねるヒョウタン「これは...なんでしょう?」「先生それは鱧ですよ」「おお、魚へんに豊かと書いて「鱧」(ハモ)。これは結構なものを...」。この映画を何回も観れば、このシーンによって「鱧」という字は確実に覚えることになる(笑)。
 終始楽しげなヒョウタンだったが、娘の話題を振られ急に表情が暗くなる。「綺麗な可愛い娘さんで...」と言われるも、辛そうに「いやぁ...私は早ように家内を亡くしましてな、娘はまだひとりでおるんですわ」と答えた。
 帰りのタクシーでボトルで開けたヒョウタン、かなりの泥酔状態でご帰還と相成る。家は下町の中華そば屋。今は教師を辞め、ここの主人をやっているのだ。店の奥から娘・伴子(杉村春子)出てくる。これが、ちょと、ヤバイくらいにトウのたった独身娘なのだ(笑)。送って来た平山と河合に礼を言い、泥酔し「カモじゃない!ハモッ!」と叫んで寝込む老父を見ているうちに...伴子は泣き出してしまう。

 平山たちはヒョウタンに見舞金を渡そうと決める。届ける役になったのは偶然近所に住んでいた平山であった。そうして訪れたヒョウタンの店で、戦時中艦長をしていた平山の部下・坂本(加東大介)に出会う。近くのバーに流れた二人は、戦中、戦後の苦労話をする。ここは穏やかに過激である。笠智衆にいきなり「戦争に負けて良かった」と言い切らせるのだ。意外な発言に坂本は一瞬驚くが、すかさず「う〜ん、そうかもしれねぇなぁ。少なくとも馬鹿な野郎が威張らなくなっただけでもね」と返す。静かな画調の中で、さりげなく交わされる会話だが、こうして文字にして抽出するとなかなかに過激である。
 景気づけにと「軍艦マーチ」を掛けてもらい、敬礼を交わす二人。若いバーのママ(岸田今日子)の敬礼を直す。海軍式の敬礼は手を縦にするというのだ。「こうじゃない、こう!」、鱧の字と共に、海軍式の敬礼もこれで覚える(笑)。

 数日後、石川台の幸一のマンション。ゴルフクラブの売り買い話のために、同僚の三浦(吉田輝夫)が来ている。そこに偶然、路子も来る。駅まで一緒に帰る二人。路子は三浦がちょっと気になる(ここで登場するゴルフクラブはアメリカ製のマクレガー。サダナリ家にはウチの父親がこの映画に影響されて買ったというマクレガーのゴルフセットがある。まったく単純なひとだなぁ...)。
 平山の会社を佐久間が訪ねる。先日の見舞金の礼を言いに来たのだ。小料理屋に行く二人、佐久間は平山に娘を便利に使い、嫁にやりそびれてしまったと語る。「失敗しました、失敗した...」と辛そうなヒョウタン。そして家に帰った平山は、路子に河合の持って来た縁談を勧める。

 ところがスムーズには進まなかった。路子は先日逢った三浦が気に入ってしまったのだ。幸一が三浦をとんかつ屋に招き、路子に対する印象を聞く。悪い印象はないが、三浦はすでに他に結婚を決めた相手がいるというのだ。振られてしまった路子は、件の縁談を了解する。冷静な様に見える路子だが...二階の自室で涙を流しているのだった。
 結婚式の朝、幸一、秋子も来て平山一家が揃う。美しい路子の花嫁姿(今度はしっかり映る)。最後の挨拶をしようとする路子に「あぁ、わかってるわかってる。まぁ、しっかりおやり」と言う平山。お決まりの「お世話になりました」を言わせないあたり、憎い演出である。

 結婚式の帰り、礼服のままの平山が岸田今日子のバーに寄る。「お葬式ですか」と聞くママに、「まぁ、そんなもんだよ」と答える。そしていつもの「軍艦マーチ」に合わせて、独りグラスを傾ける。穏やかそうに見えるが、次第に辛い表情を見せ、遂には泣き出しそうになってしまう。この笠智衆の表情の変化は絶品である。
 酔って帰った平山。家は次男・和夫と自分だけになってしまった。老いた父を慮り、和夫が言う。「あんまり酒飲むなよ。身体大事にしてくれよなぁ、まだ死んじゃ困るぜ...オイもういい加減に寝ろよ...」。「俺もう寝ちゃうぞ...」とつっけんな和夫だが、最後にぽっつりと「メシ炊いてやるから」と言い、老いた父へのやさしさも見せる。
 覚束ない足取りで台所に向かう平山。その途中、嫁いでいった路子の部屋のある2階への階段を感慨深げに見上げるのであった。


 歴史的名匠・小津安二郎、生涯のラストシーンがこの「まだ死んじゃ困るぜ...」であった。歴史的名作とまでは行かず、静かな佳作だと思うが、そう考えるとのシーンもなかなか感慨深いものがある。劇中に登場した誰よりも早く、小津は逝ってしまったのだ...。



「軍艦マーチ」のかかるバーで

笠智衆



 これが遺作になるとは小津本人は考えていなかったのだ。次回作は時代劇で、脚本で久々に斉藤良輔と組む、そんなことが語られていたそうだ。さらに小津の作品には舞台の設定や、結末の処理に微妙な時間的変化があり、小津史研究家の中には「この『秋刀魚の味』は以降の小津作品を暗示するもの」という意見もある。しかし、それは撮られることはなかった。

 『彼岸花』同様、何組かの父子、夫婦を通じてそのあり方を模索するような作りになっている。そして平山の決断が話のキーとなっている。しかし終盤の演出を見ると、娘のためを思ってのその決断が、自分自身には非常に辛いものであったことがじわじわと判ってくる。この「わからせかた」がなんとも絶妙で、この映画の見どころでもある。
 全体を通じては静かな作品だが、部分的には辛口のところもある。乱暴な言い方をすれば東野英治郎・杉村春子の父娘を見て、同様に妻を亡くした笠が「こうなっちゃイカン」と娘を嫁にやるよう積極的に動き出すわけだが...引き合いに出されているヒョウタン父娘、特に杉村春子はなかなか気の毒である(笑)。あのあとに良縁があればいいのだが(笑)。

 最後にまたしてもおまけ。このラストシーンでの次男・和夫のセリフ、「寝ちゃうぞ、寝ちゃったぞ...」が、つい先日広末涼子のポケベルのTVCMに使われていた。引用かどうかはわからないが、そっくりではあった。








次頁ではその他の作品と
小津を継承する外人監督の作品をご紹介
上のテロップをクリックして下さい




前頁 ・ 番組表 ・ MENU