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98/04/15
第三回
読み切り
ミニコラム
モノレールで聴いた
「スノウ・クイーン」




'Snow Queen'

スノウ・クイーン




 音楽を意識的、自主的に聴き始めて25年くらい経つと思う。さすがに小学校に入る前は自分でレコードを掛けたり、ラジオをチューニングしたりすることはなかった。ところが小学校2年生のとき、革命的な事件が起こる。父親が古くなったテレコ(もちろんモノラル、ラジオはナシ)をおもちゃとして私にくれたのだ。これは大変なことである。音楽のストックと再生が自分でコントロール出来るのだ!聴きたい時に、聴きたいものが聴ける。流れてくる音に任せるしかなかったそれまでと比べ、これを革命と言わずして何と言おう。
 しかし悲しいかな、音源が弱い。セットで付いていたマイクを片手にラジオからお気に入りの流行歌や番組を録ったり、テレビからは海外アニメの主題歌なんてのも録ったな。自分で編集した自慢のテープを作って、それを友達に聴かせたり...むむむ、今やってることと変わらないような気もするが(笑)。

 そもそも私が接する音の源はラジオが最初だったと思う。物心付いたころから、母親がいつもラジオを付けていた(嘘の様な話だが3、4歳頃のTBSラジオの番組テーマを未だに何曲も覚えている)。次がテレビ、それからたった今書いたテレコ。しばらくして自分でレコードをかける事を覚え、小学校から高校まで、学生時代の大半をレコードとラジカセで過ごした。大学入学と当時にCD時代に突入、ウォークマンを導入したのもこの頃である。以降、DAT、MDといったデジタル・メディアも登場し、そして、インターネット。2年位前になるか、生まれて初めてRealaudioを使い、アメリカのサイトからバグルスの名曲「ラジオ・スターの悲劇」を聴いた時はイントロが流れ出した瞬間に鳥肌が立った。

 いろいろなメディアがあった。しかしこうして考えてみると、今、最も活用している、いや生活に密着しているのは「ウォークマン」ではないだろうか。1986年の導入以来−既に三代目にもなるのだが−もしかしたらウォークマンを持たずに外出したことはないかもしれない。約12年間毎日とすると実に4000日以上である。凄い数字だな。

 メディア変遷論...ではナイのだ。不思議と心に残っている、音楽を聴いた「時間と場所」−the time and the placeについて、少しだけ。

 ウォークマン導入以前の屋外での音楽の聴き方−それは流れてくるものに身を任せるしかなかった。そんな時代の音楽で不思議と克明に覚えているのがなんとも妙なシチュエーションなのだが、時は1985年から86年にかけて、場所は代々木ゼミナール本校地下食堂、音楽は...ビートルズである。
 当時私はちょっと長めの浪人生活を送っており、毎日代々木に通っていた。そして毎日授業を受けて、長めの昼食を摂りながら地下食堂で復習をするのが習慣となっていた。
 最初は気が付かなかったのだ。膨大な浪人生でごった返し、食堂のBGMなどかき消されていた。しかし午後になり、食堂が閑散としてくると...「あれ?」という感じで天井のスピーカーから流れるビートルズに気づいた。翌日、良く聴こえるようにスピーカーの真下に座ってみると、またビートルズ。翌々日も同じ。有線放送のビートルズ・チャンネルをかけていたのだろう。気づいてから数カ月、卒業(?)するまでビートルズが流れ続けていた。

 そしてこれが不思議なのだが、そのセレクションが異常なまでに地味だった。「ツイスト・アンド・シャウト」の様なロックン・ロール・ナンバーはまずかからない、「ヘルプ」や「ヘイ・ジュード」といった有名曲もなぜか、かからない。来る日も来る日も、知る人ぞ知る地味な曲ばかり流れていた。アルバムでいえば『RUBBER SOUL』の、しかもB面、まさにあの感じである。イメージだけではなく、実際「Girl」や「I'm looking though you」などは良くかかっていたと思う。しかし地味な有線だなぁ(笑)。
 しかし、これが、ハマっていた。予備校の地下食堂にひとり佇み、オスマン・トルコ帝国の興亡などまとめつつ、ふと耳を澄ますと「IN MY LIFE」の例のギター・リフ...。今、こう書いていても懐かしくて堪らない。小学校の頃から聴いていたビートルズだが、その本当の良さに気づいたのはもしかしたらこの時、20歳の冬の日々かもしれない。
 曲順から言ってアルバムをそのままかけていた訳ではなかったと思う。他にも「Flying」や「悲しみをぶっ飛ばせ」といったやはり地味な(笑)曲がごちゃまぜにかかっていた。もしかして、「地味なビートルズ」とかいうチャンネルだったのかな?

 ウォークマンが偉大なのは、こうした音楽と時間と場所の組み合わせを、いとも簡単に創り出せることである。ウォークマン導入後の二大事件、その1。
 今から4、5年前になると思う。季節は初夏、土曜日の夕方であった。場所は湘南地方の住宅街を縫うように走るモノレールの車内。友人から受け取ったばかりのザ・シティー('60年代末に「イッツ・トゥ・レイト」のキャロル・キングが一時的に結成していた3人組。シュガー・ベイブのルーツともいえる)のテープを聴いた私は、軽い目眩に襲われる。そのテープ『夢語り』('69)のオープニング・ナンバー「スノウ・クイーン」とモノレールが、怖いくらいにマッチしていたのだ。
 まずあの曲はちょっと珍しい三拍子である。そのリズム、ジャジーなイントロとモノレールの揺れが見事に一致していた(このモノレールはぶらぶら揺れるぶら下がり式である)。更に遙か遠くで鳴るような深いリヴァーブのギターと、眼下を流れて行く風景、浮遊感、これもハマっていた。
 一体世の中に「ザ・シティーの『スノウ・クイーン』をモノレールの車内で聴きました」という人がどれくらいいるかわからないが、あれは凄い組み合わせである。しかしこれぞウォークマンのおかげ、湘南モノレールの車内放送はキャロル・キングの歌声まではサービスしてくれない。

 二大事件その2はつい数カ月前、「サダ・デラ」開始後の出来事である。11月初旬のこと、金曜夕方に札幌での仕事を終えた私は、飛行機で帰る同僚を横目に苫小牧に移動、なんとフェリーでの帰京を選んだ。正確には苫小牧から仙台までフェリー、仙台〜東京は新幹線である。そう、吉田拓郎の「落陽」の逆コースだ(笑・みやげにサイコロは貰わなかったけどね)。

 狭い個室でベッドに横たわりウォークマンでジャズを聴く私。部屋の灯が海面に反射するため、航行中はカーテンを開けてはいけないきまりになっている。しかし、ということは、部屋の電気を消せば外を見てもいいのだろうか?すかさず部屋を真っ暗にして、そっとカーテンを開けてみると...思わず、声を上げてしまった。海面間近に大きな満月が浮かんでいたのだ。仙台側に向かって左舷寄り、つまり窓の外はひたすら太平洋である。水平線の上に浮かぶ巨大な満月、水面での反射もかなりの明るさだった。そして、その反射光のきらめきによって、船がかなりの速さで進んでいることが分かる。都会では絶対に見る事の出来ない光と影...。

 月の光には魔力があるというけれど、私も思わず見とれてしまった。1時間以上眺めていたと思う。CD一枚分のテープ−ブルーノートの編集盤『BLUE BOSSA』である−をたっぷり聴いてしまったのだから。この取り合わせも最高だった!他のどんなところで聴いた「ジャズ」よりも心地よかったと言える。しかし、その途中で不思議な事に気がついた。何百回と聴いているかもしれないそのテープに、新たな「音」を発見したのである。
 オープニング・ナンバーであるホーレス・パーラン(p)の「Congalere」から、ジャズ・プレイヤー特有の「唸り声」が聴こえて来たのだ。本当に何回も聴いていたテープである。オーディオ的な違いもない。ただいつもは渋谷や横浜の雑踏の中で聴いていた。その時は、ほぼ無音である。低いエンジン音がかすかに聴こえるだけ、そんな中でまさに「発見」したのだ。しかし一体、誰の声なんだろう、ピアノのパーランか、パーカッションのレイ・バレットか。ほぼ全編にわたり入っているのだが...。


 このエピソード、うそのようだが本当である。「証明写真」ではないけれど、まさにその時、ウォークマンを聴きながら船窓から撮った写真がこれ。良く見ると水面が走っている。






 またしてもウォークマンである。なんだかソニーのPR誌のようになってしまったが(苦笑)、なるほどウォークマンというのが全世界的なヒット商品になったのもうなづける。こんなドラマチックな音楽の聴き方を我々に与えてくれたのだから。
 しかし、ではウォークマンがなければ音楽と時間と場所のマジックを体験出来ないかというとそうとはいえない。最初に書いたビートルズの例もあったのだ。意地悪な見方をすれば、ウォークマンはああした偶然の楽しみを奪ったとも考えられる。まぁ、明らかに便利さが勝っており、否定する気は起こらないが。先程書いた通り「湘南モノレールの車内放送はキャロル・キングの歌声まではサービスしてくれない」のだ。

 私は今年33歳になるが、私が生きている間に民間人が宇宙旅行を楽しめるようになるのだろうか?幼い頃に読んだ「のりもののえほん」には「みなさんがおとなになったら、がいこくにゆくようにつきやかせいにゆけるでしょう」と書いてあったが...ちょっと計画がズレているのか、あるいは私がまだ「おとなになって」いないのか(笑)。
 もしも宇宙船に乗って旅行に行くならば、私はやはりウォークマンを持って行くだろう。当然機内(船内?)サービスはあるだろうが、やはり自分で選曲したいではないか。そしてそのチョイスは...相も変わらずビートルズ、ザ・シティーとブルー・ボサかもしれない(笑)。




−登場したレコード−



'Rubber Soul'
The Beatles
SW2442 Capitol
1965
'夢語り'
THE CITY
ESCA7524 Epic/Sony
1969/1993
'Blue Bossa'
various
CDP077779559022
Bule Note

1991







このコーナーは短いサイクルで更新されます
但し不定期です


98/03/09 第一回 音楽をめぐる冒険 〜フィーリン・グルーヴィー(59番街橋の歌) みる
98/03/25 第二回 'The inflated tear'〜溢れ出る涙 みる




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