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98/12/23
第六回
入魂企画
はじめてのJAZZ
世界一わかりやすいジャズ入門
ジャズ映画大特集
Jazz on the Screen Vol.1




3 映画ファンだけが知っているジャズメンたち








Dingo ディンゴ
Dingo (1991 豪仏合作 カラー 110min)

 
スタッフ
 

監督
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. . .ロルフ・デ・ヘール
音楽
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. .マイルス・デイヴィス




ミシェル・ルグラン

 
キャスト
 

ジョン(ディンゴ)
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. . .コリン・フリールズ
ビリー・クロス. . .
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. .マイルス・デイヴィス
アンジー・クロス
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ベルナデット・ラフォン
ジェーン . . . . . . .
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. . . . . . ヘレン・バディ

 




■ 帝王マイルスが演じたビリー・クロス(tp)

 '95年の春、日本のジャズ・ファンはにわかに盛り上がっていた。「あの映画がやって来る!」。'91年9月に多くの仲間達が待つ天国でのセッションへと旅立ったジャズ界の帝王マイルス・デイヴィス(tp)が、その死の直前に主役級で出演したオーストラリア製のジャズ・ストーリー、しかも音楽はマイルス本人と、かつて名盤『ルグラン・ジャズ』('58)で共演したミシェル・ルグラン(arr,p)。それがこの『ディンゴ』である。

 ストーリーがイカす。1969年、荒野に囲まれたオーストラリアの田舎町ブーナ・フラットに一機のボーイング707が緊急着陸する。何事かと集まって来る住人たち。飛行機は伝説のジャズ・トランペッター、ビリー・クロス(マイルス・デイヴィス)がツアーのために仕立てたチャーター機であった。機体整備の間に滑走路で突然演奏が始まる。
 それを見つめる群衆の中でも、とりわけ熱い視線を送る少年ジョン・"ディンゴ"・アンダーソン(コリン・フリールズ)。彼の視線に気付いたビリーは「君は音楽をやるべきだ。やりそうな顔をしている。パリへ来たら俺を訪ねろ」と言った。帝王はまさに突如天空より現われ、夢の様に去っていった。

 素晴らしい導入部である。そして物語は20年後の現在に移る。少年ディンゴは立派に成長し、ブーナ・フラットの町で野犬(ディンゴ)狩りをしながら暮らしていた。美しい妻に可愛い子供たち。幸せそうに見える彼だが...やりたいんだな、やっぱり、ジャズが(笑)。地元のダンスホールでそりゃヒドい音楽を演らされたりして、不満は募るばかり。一面の荒野で哀しくトランペット−ビリーと同じ楽器−を奏でるシーンなどもあった。そしてある日、誰にも告げずに彼はビリーの待つパリに旅立って行く。

 しかし現実はキビしいのだ。パリの豪邸に住むビリーは引退状態。ペットの音をサンプリングしたシンセなどをいじり「ホラよ、これがジャズだ」などどのたまう始末。しかし次第にディンゴの純真さに打たれ、ペットを掴んで2人でジャズ・クラブに向かう。本場パリでの喝采を手土産に田舎町に帰ったディンゴを待っていたのは...ラストシーンは明かさないことにしよう。このラストはちょっとイイのだ。

 面白かった。ジャズ・ファンとしてのひいき目ではなく、映画ファンの厳しい目で観ても満足出来る作品であった。無駄のないストーリー展開、プロとアマチュア、大都会と田舎町の対比など実に良く出来た脚本だと思う。中でも神々しさすら感じる導入部と、それに続くオーストラリアの広大な自然の描写は思わず唸ってしまうほどの巧さであった。
 そして帝王マイルスの芝居、これが、もう、「存在感」そのものである。与えられた台詞(セリフ)を淡々と語り、無駄なく動き、演奏する。ただそれだけのことが、シビれるくらいにカッコイイ。一挙手一投足が実にサマになっているのだ。全くジャズを知らない人間が観たら「シブイなこの黒人俳優」を感じるかもしれない。

 初のオルトラリア・フランス合作映画として撮られたこの作品、主演のディンゴを演じたオーストラリア人俳優、コリン・フリールズの演技も光っていた。撮影監督はフランス側から参加のドニ・ロワール。ルコントの『仕立屋の恋』や、タベルニエの『ダディ・ノスタルジー』などの撮影で知られる人で、この映画も非常にカラフルな、それでいてシックな印象があった。そしてビリーの妻役のベルナデット・ラフォン。トリュフォーの『あこがれ』『私のように美しい娘』(大学時代に観た。なかなか面白かった)の主演を務めたかつてのヌーベル・ヴァーグ女優である。見どころの多い作品であると言える


This is Dingo



■ ジャズ・ファンの目

 マジメな解説はこれくらいにして、ジャズオタク全開で行こう(笑)。たまらんのだ。冒頭からトリハダが立った。天空からボーイングに乗って舞い降りて来た帝王、生きながら神話となっている引退生活、そして復活。ビリー・クロスなる架空のジャズ・メンを仕立て上げて、マイルス・デイヴィスという人間を凝縮して描いているのだ。「マイルスの濃縮パック」である。オイシ過ぎる!
 手元資料には「ビリー・クロスという孤高な男に、マイルス・デイヴィスという神話的な存在のミュージシャンをオーバーラップさせることによって、マイルスの声、演奏、さらには精神までをもリアルに突出させることに成功した」とある。なるほど、その通りである。しかもそれをマイルス本人が演じているというのだから、これは凄い映画なのではないか?

 劇中に登場する'69年といえば前年にバンドを電気化したマイルスが意欲作『ビッチズ・ブリュー』を録った年。サイケなコスチュームに身を包み滑走路で演奏するさまは、まさにあの頃のマイルスの再現となっている。当時を知らない私は身を乗り出して見入ってしまった。まるで少年ディンゴの様に(笑)。
 パリでの引退生活も少々時代はズレるが現実通りである。'75年に日本と全米でツアーを行い、大阪公演を収録した有名なライヴ盤『アガルタ』『パンゲア』を発表。それを最後に活動を停止し、本格的なカムバックは確か'81年ごろのはずである。むむ、映画紹介のはずが「マイルス小史」になってしまったな(笑)。

 我々アマチュア・ジャズ・プレイヤーにはなんともいえぬ感慨のある作品でもある。自分の住む町、家族、仕事、それと華やかな「ジャズ」との距離。勤めの傍ら楽器などをいじる者の中には、皆、ディンゴが住んでいるのかもしれない。中盤では苦悩も見られるが彼がブーナ・フラットに戻ってのラストシーンはすこぶるハート・ウォーミングなのだ。お楽しみに。

 ヴィデオ発売情報不明。TVでもやっていないと思う。実は東京での上映もミニシアターのレイトショーで数週間のみであった。数多くの人に観て欲しい名画だと思うのだが。

 しかし、なんとも、マイルスに対する思い入れが強くて乱れた文章になってしまった。なんでマイルスの事を書くといつもメロメロになってしまうのだろう?こんなにリキむと夢に出て来そうだな。「理屈ばっかりコネてないで、ちゃんとバリトン練習しろよ。一緒に演ってたマリガンなんて最高にクールだったぜ」とかね(苦笑)。


'Bitches Brew'
Miles Davis
SONY SRCS 9118-9








ラウンド・ミッドナイト
Round Midnight (1986 仏 カラー)

 
スタッフ
 

監督
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ベルトラン・タヴェルニエ
音楽
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. . .ハービー・ハンコック

 
キャスト
 

デイル・ターナー. . .
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. . . .デクスター・ゴードン
フランシス・ポーリエ.
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. . .フランソワ・クリューセ
ベランジェール . . . .
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. . ガブリエル・アーケル
エディ・ウェイン . . . .
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. . .ハービー・ハンコック
エース. . . . . . . . . . .
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. .ボビー・ハッチャーソン

 




■ デイル・ターナー(ts)とパリの街

 1959年、ニューヨークからパリに移り住んだテナーの巨人、デイル・ターナーを彼の地のファン達は暖かく迎えた。サンジェルマン・デ・プレのジャズ・クラブ「ブルーノート」で演奏する彼のサウンドを、雨の中、店の外壁にへばりつく様にして聴いているのが、もうひとりの主人公、フランシスである。見すぼらしいアパルトマンに帰り、彼は男手ひとつで育てている愛娘・ベランジェールに語った。「彼は神の様に吹いたよ」と。

 翌日もフランシスは店の前にいた。休憩に出て来たデイルが近づく。「ビールを奢ってくれないか」。フランシスはビールを奢りながら、かつてアルジェ出征の前夜に「兵舎を抜け出してあなたの演奏を聴いたんだ」と語る。ブルーノートに一緒に帰る二人。デイルは店の者に「俺の友達だ。ムショで一緒だった」と告げる。満面の笑みで彼の演奏を聴くフランシス。
 これから2人の交友が始まるが、フランシスは意外な場面も目にする。誰に頼んでも、一杯もアルコールを貰えないデイル。ギャラはデイルではなく、マネージャー役の黒人女性に渡されていた。彼は一体...。

 ある晩のこと、姿をくらましたデイルをフランシスが探す。彼は酒に溺れ、警察に捕まっていた。身柄を引き取り、タクシーの中でフランシスは叱責する「デイル・ターナーの名が泣くぜ」。しかしこの後も、このようなことは続いた。ある晩は病院まで迎えに行き、自分のアパルトマンまで連れ帰った。結局、フランシスはデイルを自分の住まいに同居させてしまう。彼は語る。「彼に人間らしい生活を。世界最高のテナー・サックス奏者なんだから」。そして奇妙な共同生活が始まる。

 売れないグラフィック・デザインの傍ら、デイルのマネージャーの様になるフランシス。一緒に暮らし始めても、デイルの酒癖は治らなかった。しかし自分のことに涙を流すフランシスを見て、デイルは自ら朝食を作り、「酒を断つ」と宣言した。
 しらふで演奏出来る様になったデイル。やっと直接ギャラを受け取れる様にもなった。得意の料理の腕を披露し、フランシス親子を喜ばせる。ミュージシャン達を招いてのホーム・パーティー。リヨンへの旅行。音楽を、世界を語り合う2人だが、やがてデイルは「ニューヨークに帰る時が来た」と言う。帰国にはフランシスも同行した。

 ニューヨークで彼を待っていたのは、デイルの娘・チャンだった。ジャズ・クラブに現れた彼女のためにフランスみやげとして「チャンの歌」を贈る。そのMCで娘の歳を間違えるところはいかにもジャズメン風で微笑ましい(?)。しかし、ニューヨークで待っていたのは娘だけではなかった。旧知のドラッグの売人も彼を暖かく迎えた。
 デイルの周りをうろつく売人に気付いたフランシスは、危険を察し「パリへ帰ろう」と言い出す。チケットを2枚予約し、空港で待つが...結局デイルは現れなかった。

 しばらくして、パリのフランシスの元にニューヨークから手紙が届く。「デイル・ターナー、金曜日に死亡」。フランシスが撮った8mmフィルムの中でデイルが語り出す。「長生きしてみたいと思わんかね?チャリー・パーカー・アベニュー、レスター・ヤング公園、デュク・エリントン広場、それに...デイル・ターナー通りも悪くない」。




Dale Turner at The Blue Note
Paris , 1959



Berangere - Dare - Francis 


■ かいせつとジャズ・ファンの目

 このページ、「本物のジャズメンが"演じた"映画」が並んだ。こちらの『ラウンド・ミッドナイト』はテナーの巨人、デクスター・ゴードンが完全な「役者」として出演したユニークな作品である。まぁ、ストーリーはあまりユニークじゃないんだけど(苦笑)。主人公デイルには実在のモデルがいる。ピアニストのバド・パウェルだ。ニューヨークからパリへの移住、地元のデザイナとの交友、そしてアルコールにまつわる悲惨なエピソードも同じだ。

 「何が言いたいのかようわからん」というストレートかつごもっともな批判もあるのだが、ようわからんのはフランス映画の常、ここでは'59年のサンジェルマン・デ・プレのジャズシーンが描かれていることに注目したい。
 当時のヨーロッパはジャズ・ブームの真っ最中。モデルとなったバドの他、デイルを演じたデクスターも、サド・ジョーンズ(tp)やスタン・ゲッツ(ts)までも、'50年代終盤から'60年代にかけて、ヨーロッパ各地に移住。皆、欧州を股に掛けて活動していた。そしてパリがその中心地であった、というわけだ。アート・ブレイキー(ds)やジェリー・マリガン(brs)がパリでの名ライヴ盤を残していること、モダン・ジャズをフィーチャーした数々のフランス映画(次回紹介!)が撮られてれていたことなどを思いして欲しい。
 アメリカ人ばかりではない。時代は前後するが、作家にしてトランペッターのボリス・ヴィアンや、マイルスに見いだされた天才少年バルネ・ウィラン(ts)、そして華麗な才能を溢れさせていたミシェル・ルグラン(p,arr)が居た。ジャズはアメリカの専売特許ではないのだ。

 ちょっとヒネクレた(キザな?)私は、そんなパリのジャズ・シーンが気になっていた。この映画はその時代、その場所をきっちりと見せてくれた。それだけでも十分な存在価値があるのではないだろうか。ありそうで、なかった映画、なのだ。

 さて、デクスターの演技。マイルス同様この人も存在感タップリだ。上の文章で「巨人」という言葉を多用したが、この人、本当にデカイのだ。声はかすれ、動きもぎごちない。そしてそのぎごちなさの中に、アルコールやドラッグで崩れ落ちてしまいそうな脆さも感じる。妙な例えだが、ゆらゆらと歩く彼の姿は、20世紀初頭に立てられた(アメリカの地方都市の)レンガづくりのビルを思わせた。そんな彼と、若々しく活気に溢れたフランシスの対比がなんとも効果的であった。フランシスの趣味が8mm撮影で、亡きデイルの姿をモノクロ・フィルムで偲んでいるシーンも非常に良かった。
 監督のタベルニエは『田舎の日曜日』('84・仏)で知られるフランス映画の鬼才。その彼がデクスターに求めたのはミュージシャンの持つ「身体的なリズム」だという。「ビ・バップで歩く」と言われるデクスターの起用はあらゆるテナー奏者をチェックしての選択だった。

 音楽はハービー・ハンコック(p)が担当、自らもピアニスト役でほとんど出ずっぱりである。サウンド的には当時のモダン・ジャズを丁寧に表現。さらに演奏が行われるサンジェルマン・デュ・プレのジャズ・クラブ「ブルー・ノート」は内装に至るまで忠実に再現されているのだそうだ。ハンコックの他、ヴァイブのボビー・ハッチャーソンも出演。ステージ上の人々は全て本物のジャズ・メンなので、あたかもライヴを観ているような錯覚を覚えた。
 もしかしたら、「サダ・デラ」読者の女子大生あたりには一番「しっくり来る」作品かもしれないな。フランス映画でモダン・ジャズ、ちょっと気になる組み合わせではないか。

 但しだ、日本版ビデオの編集が全く理解出来ない!。何やらわからんうちにラストを迎えるのだが、最後のセリフ「デイル・ターナー通りも悪くない」にはちょっと、グっと来る。「この余韻を味わいたいなぁ」と思っていると、ものの2、3秒で真っ青な字幕が出て、オマケの演奏シーンが出てくるのだ。
 公開直後の'87年5月、地元・テアトル鎌倉で観たときは...こんな編集だったかなぁ。このへんの事情について詳しい方がいれば是非ご一報を。あれじゃ、台無しだぞ。









さて次はアメリカとロシア
今と昔のジャズ物語 のココロ





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