Back to the menu |
97/08/24 ブラジル音楽にまつわるとっておきの話 Pelos olhos〜瞳に映るもの |
Caetano Veloso Discografia e Produzido por.. Carlinhos Brown 'CAETANO' 1987 (PPD-1042 Mercry) Arto Lindsay 'Eestrangeiro 1989 (PPD-1069 Mercry) 'Bicho' 1977 (838 562-2 Phillips) 'Cores nomes' 1982 (838 464-2 Phillips) 'Caetano Veloso' 1968 (838 557-2 Phillips) 'Caetanissimo' 1997 (PHCA-177 Mercury) 'Fina estampa en vivo' 1995 (PHCA-172 Mercury) |
■カエターノ・ヴェローゾ、本当にかいつまんで カエターノこそ丁寧に紹介していたら、それはそれは巨大なホームページになってしまうので、今回はほんのさわりだけ。 カエターノ・ヴェローゾ(Caetano Veloso)は1942年ブラジルきっての音楽の都、バイーア州で郵便配達人の息子として生まれました。絵画と詩に才能を発揮し、演劇・映画にも夢中だった少年時代を経て、バイーア州立大学を卒業。最初は地元の新聞に映画評を書く仕事に就いていたそうです。64年ごろからプロとして活動を開始、この頃ジルベルト・ジルをはじめ、ガル・コスタ、トム・ゼーといったのちのMPBのスター達も活動を開始しています。 同い年で、同じバイーア出身、しかも同じ大学というジルベルト・ジルが早くから音楽の世界で身を立てていこうと考えていた一方で、カエターノの夢は「映画を作ること」だったというのはちょっと不思議な感じもしますし、映像的、演劇的なカエターノのステージを観ると妙に納得してしまうところもあります。 67年、ガル・コスタと共に最初のアルバムを発表しますが、60年代後半のブラジルは強力な軍事政権によって支配されており、それに反旗を翻したカエターノは拘禁ののち、ロンドンへ亡命します。70年から72年ごろまでは亡命先のロンドンからアルバムを発表、同72年に帰国しブラジルでの活動を再開、今日に至っています。 カエターノが今日の様にMPBの枠を超え、ロック界の人々からも世界的な注目を集める存在となったのは、ふたりのクリエーターと2枚のアルバムがきっかけでした。 まずはCarlinhos Brown(カルリーニョス・ブラウン)とアルバム'CAETANO'。ヴェテランとなり、ちょっと保守的になっていたカエターノのサウンドを、最先端のロック・フィーリング溢れるものに変えてしまったこのアルバムの仕掛人、カルリーニョスは当時なんと19歳。20歳そこそこで、大御所デイヴィッド・ボウイを大変身させた天才プロデューサー、ナイル・ロジャースに通じるものがありますね。「ここから全てが始まった」とまでいわれるこのアルバムは、ブラジルから全世界に向けて発信された、新しい時代の序章といえるでしょう。 続く'Eestrangeiro'はブラジルを飛び出し、前衛的なエレクトリック・ファンクバンド’アンビシャス・ラヴァーズ’のメンバーArto Lindsay(アート・リンゼイ)とPeter Scherer(ピーター・シェラー)のプロデュースを受けてニューヨークで制作されました。これが凄い!とにかく凄い!ブラジルとニューヨークのクリエイティヴなセンスが激突した歴史的名盤です。オープニング'O Estrangeiro'のイントロから、もう、トリハダ立ちっぱなし。悔しいけれど、日本人には出来ない、ニューヨーカーにも出来ない、ブラジル人ならではのポップとアヴァンギャルドが凝縮されています。「カエターノってイケてんの?」というロック・ファンに自信を持ってお薦めします。「へえー、最近のブラジルってこんなサウンド流行ってんだ!」とビックリすることでしょう。 プロデューサーのアートは、今日のブラジル音楽の影の立役者でもあります。ニューヨークのアンダーグラウンド・シーンを、エキセントリックなヴォーカルと、超個性的なノイズ・ギターで渡り歩いて来たアートですが、実は3歳から17歳まで親の仕事の関係でブラジルに住んでおり、まあ、要するに「帰国子女」なんですな。80年代半ば、前出のバンド'アンビシャス・ラヴァーズ'のころから、それまでのあくまでニューヨーク風のサウンドから、ルーツともいえるブラジル音楽の雰囲気をどことなく醸し出すユニークな音創りへと変質して行きます。 85年にニューヨークで行われたカエターノの公演に通訳として参加、これがふたりの出会いだそうです。どちらかといえば、カエターノからのラヴ・コールに応える形で'Eestrangeiro'をプロデュース、成功を収めたそのあとが凄かった。ガル・コスタ、マリーザ・モンチといったMPBアーチストのプロデュースを次々手掛け、ブラジルとニューヨークを文字通り股にかけて活動し始めます。サウンドメイクにはニューヨークのきっての実力派ミュージシャンの他、坂本龍一なども起用。あくまで私見ですが、前出のカルリーニョス・ブラウンと、このアートがたったふたりでブラジルの音楽シーンを塗り替えてしまったのではないでしょうか。 実はバーンのページで紹介した'beleza tropical'もアートの協力を得てつくられており、ポルトガル語詞の英訳と同時に、当時の状況を説明する簡潔かつ冴えわたった文章も寄せています。原詞、英訳、日本語訳と、アート、バーンに中原仁氏の解説と、ホント'beleza tropical'ってお買い得!繰り返しますが必携ですよ! 'Eestrangeiro'以前のカエターノの作品では、77年の'Bicho'(ビーショ)、82年の'Cores nomes'(コーリス・ノーミス)あたりがお薦め。まあ時代的に言って「寝かしごろ」ってヤツですか?今聴くとちょうどイイですよ。'Bicho'はファンキーなベースやエレピ、ブラスが実にイカス!最近流行りのフリー・ソウル、クロスオーヴァー感覚でタップリと楽しめます。'Cores nomes'も人気曲満載のお買い得盤。特に'Um canto de afoxe para o bloco do ile'は外すことの出来ない1曲です。 ちょっとキワモノかもしれませんが、68年の'Caetano Veloso'も今こそ楽しめる作品かもしれない。アルゼンチンのロック・バンド'ビート・ボーイズ'も参加したこのアルバム、サイケの波をモロに受けた怪作です。ブッ飛んだブラスも凄いけど、ポイントは(なぜか教会っぽく聴こえる音色の)オルガンが完璧にビートルズの’トゥモロウ・ネヴァー・ノウズ’しているところでしょうか。さらになぜかフランスっぽいところもあり。「クラブとか好き〜。サイケとか〜、ゲーンズブールとか最高〜」という貴女にお薦めです。第一、ジャケットがキテルでしょ。 「あーもー、どれ聴きゃいいの?!」という方には、まるでこのページのために発売された様な(6月末に出たばかりの)日本編集盤'Caetanissimo'を強力にお薦めします。'Caetanissimo'つまり「最上級のカエターノ」と題されたこの日本盤、よくぞ作ってくれました!30年間に40枚近くのアルバムを発表してきたカエターノを、コンパクトに、かつ魅力的にまとめるのはさぞかし大変だったでしょう。対象を75年から89年までと限定してはいるものの、うん、実に良くまとまっている。それもそのはず、日本有数のラテン音楽専門誌「ラティーナ」の編集長が自ら選曲しているんですね、これ。オリジナル・アルバムを何枚も持っている私も、ついつい買ってしまい、しかも結構聴いているという、こりゃイイゼ! ■さて、今回のステージは.... さて、今回のステージ(6月30日から7月4日まで。ラフォーレ・ミュージアム六本木)は94年に発表されたスペイン語によるラテン名曲集'Fina estampa'(フィーナ・エスタンパ”粋な男”)のライブ化で、先行して行われたサン・フランシスコ公演の様子はライヴ・アルバム'Fina estampa en vivo'(フィーナ・エスタンパ・アオ・ヴィーヴォ)として既に発表されていました(ヴィデオ版も発売されています)。 サン・フランシスコ公演では壮大なオーケストラをバックに、自らのルーツであるラテンの名曲を歌い上げていたカエターノ。来日公演はオーケストラなしの「縮小版」と聞き、「なんだよー、ミミッチイんじゃねえのか?」という心配もありましたが....。 それはそれは、「粋な」「極上の」ステージでした。まず、声が素晴らしい。録音されたものですら、惚れぼれとするようなカエターノの声が、生で、目の前で発せられている。もうそれは「この世の宝物」でした! 意外だったのがステージ・アクション。軽く踊ったり、リズムをとったりするんだけど、ハッキリ言ってちょっと「ヘン」なんですよ。でも、これがカッコイイ。そして観ているうちに「アッ!」と思ったのが、前出のデイヴィッド・バーンのステージ・アクション。似ている。すごく似ている。バーンはちょっと計算したニューウェイヴ風のモノって感じだけど、カエターノはごくごく自然体。最初はちょっと驚いて観ていたんだけど、馴れてくるとこれが「洒脱」に見えて来るんだなぁ、「ヒュッ!」てな感じで。「もしかしたらバーンは、カエターノみたいに軽〜くノッテみたいのかもしれないなぁ。でも、ちょっとかなわないぜ、こりゃ。役者が違うよ」とも考えてしまいました。カエターノを観て、バーンのやりたかった(かもしれない)ことを察してしまったサダナリであった。 サウンドも素晴らしかった!「縮小版=ミミッチイ」なんて考えていた私が馬鹿でした。ごめんなさい。シンプルなバックにカエターノの声が映えて、「縮小版」ではなく、明らかに別のモノでしたね。特にチェロの奇才、ジャキス・モレレンバウムが大活躍。「あれ?アートがいないのにノイズが....」と思ったら、チェロからノイズ・ギターそっくりの音を出していたりして。あれには驚いた! ちょっと専門的なことをいうと、実はファンの間では来日を前にちょっとした不安もあったのでは?ライヴ・アルバム'Fina estampa en vivo'がカエターノの自作曲を中心としたつくりではないので、「来てくれるのはうれしいけど、選曲どうなるんだ?」と心配していた人も多かったんじゃないかな。 でもそれは全くの取り越し苦労だったようです。やってくれたんですよ、代表曲の数々を!やはり触れ合うことの少ない日本のファン(実はこれが2回目の来日)を意識してか、「あれやらないかなあ」と思った曲を見事に採り上げてくれる。ブラジル人ならではのサービス精神かもしれませんが。欧米の大物バンドとか、妙に出し惜しみして「ああ、もうあの頃の曲なんてやらないんだ....」とがっかりさせてくれますよね。その対極。徹底的な名曲攻撃。 まさかの'O Leaozinho'にはじまり、歌いだした瞬間に場内がどよめいた'O Estrangeiro'、そして8分に及ぶ大作'Terra'など。特に'Terra'、聴いているうちにじわじわと感動してきて、.大げさ言い方になってしまうけれど「ああ、カエターノを知って、今お互いに生きていて、そしてここにいれてよかった」とまで思ってしまいました(ちょっと照れくさいけどさ)。 しかしこう考えてみると編成といい、選曲といい'Fina estampa en vivo'とはやっぱり別モノの、そう「日本向けオリジナル版」だったのかもしれない。日本のファン、幸せだぜ! ファンといえば私が観た最終日( 7月4日)、踊り狂ったり、騒いだりしてちょっと悪目立ちしているブラジル人ファンがいて、最初は「ムムッ」て感じだったんですよ。ところがアンコール時にステージに駆け上がり、カエターノ本人に抱きしめられた彼、思わずうずくまって泣き出してしまったんです。とたんに彼がかわいく見えてしまって。わかる!わかるぜ!泣きたくもなるよな。大騒ぎも許してあげよう。 エンディング時には、彼に限らず(実は私も)半分以上の観客がステージ前に殺到、多くの人が握手をしていました(私は出来ず、涙)。ちょっと異常な興奮に包まれていましたね。 ■MPBの「染み方」? う〜ん、泣き出した彼なんか典型ですが、ブラジル人って嬉しい時は嬉しい、悲しい時は悲しいって感情表現がストレートでしょう。'beleza tropical'を聴いて、何年間も密かに考えていたんだけど、そんなブラジル人の心に訴えるMPBって「ホラ、こんなに楽しい曲だ」「今度は悲しい曲だ」と、メロディーやアレンジはもちろん音色までもすごく饒舌で、かつハッキリしているんですよ。中途半端がナイ。だから、とてもわかりやすい形で、しかもこれでもか!と言わんばかりに強烈に心に染みてくるんじゃないかな。この説、泣き出した彼を見て、確信したような気もするんですが....。 長い!相変わらず長くてスイマセン。最後にカエターノ以外のちょっと気になるアーチストを何人かご紹介しましょう。下のカットをクリックして4ページ目へどうぞ。 |
ホントにカッコイイMPBの世界 こんなに書いて次回のネタあるのか? という心配をよそに、GO! クリックしてください |
このページの参考
■書籍ほか | ミュージック・マガジン 96年5月号(ミュージック・マガジン刊) 巻頭の大特集「ブラジル音楽の新しい世界」が好企画。ここに書けなかったアーチストも数々紹介されており、良いガイドとなるでしょう。カエターノの研究記事もあり。まだバックナンバーで手に入るはずです。ところで上のカルリーニョスの写真イタダイちゃったけど、営利目的じゃないし、イイっすよねぇ...。 ラティーナ 97年6月号(ラティーナ刊) カエターノの来日直前特集掲載。全ディスコグラフィは超貴重。 ちなみに上の文章は「来日レポート」みたいなものを見ずに、本当に個人的な感想として書きました。見るも何も、今日(8月13日)時点でまだ発表されていないんですよ。そろそろ出そうですが、さて、どんな評判になるのやら....。 |
■CDについて | カエターノのアルバムのうち、マーキュリーは国内盤あり、フィリップスは輸入盤のみで、レコード番号も探し易いようにそれに合わせて書きました。'Fina
estampa en vivo'のヴィデオも今なら比較的簡単に見つかるはずです。 なお前ページのデイヴィッド・バーンの作品は、ヴィデオも含めて全て国内盤で簡単に入手出来ます。 |