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97/08/24
ブラジル音楽にまつわるとっておきの話
Pelos olhos〜瞳に映るもの



'REI MOMO'
David Byrne
(MYC-23001MOON)


'uh-oh'
David Byrne
(WPCP-4777 WEA)


'BETWEEN theTEETH'
video
(WPVR0001 WEA)


'beleza tropical'
compilation
(CP32-5848 EMI)
■ "デイヴィッド・バーン"って何者?

 大変お待たせ致しました(苦笑)、解説です。まずはブラジル人ではありませんが前ページの文章中に度々登場したデイヴィッド・バーンから。

 バーンは1952年スコットランドに生まれ、幼いころにアメリカに移ったフツーのアメリカ人です。'75年にアートスクールの同級生とロックバンド'トーキング・ヘッズ'を結成。'70年代後半から92年の解散まで10枚のアルバムを発表し、DEVO(ディーヴォ)と並ぶアメリカン・ニューウェイヴのビッグネームとして君臨していました。トーキング・ヘッズの事を詳しく紹介するとそれだけで巨大なホームページが出来上がってしまうので、今回はバーン(ヘッズではリーダーでギターとヴォーカルを担当)のソロワーク、しかもブラジル関係のものだけをかいつまんでご紹介しましょう。

 もともとトーキング・ヘッズというバンド自体、従来のロックの枠を通り越して黒人音楽はもちろんアラブ、中南米といった第三世界のサウンドを大胆に採り入れたユニークな存在だったのですが、バーンのソロではそれが一層顕著に現れています。
 前ページ「地上のバンド」の中で、私とブラジル工場のアミーゴが観たのはアルバム『REI MOMO』(レイ・モモ)発表時のワールド・ツアーで、東京公演は'89年10月3日渋谷公会堂でした。しかし、これがどうしようもなく悪評だった(笑)。
 ニューヨーク・サルサ界の強者にプラスして、ブラジル音楽の聖地バイーアからもゲスト・ミュージシャンを迎え総勢10数名、『REI MOMO』で聴かせた最先端ロックとブラジル、さらには汎ラテン・ミュージックとの結合を再現しようと考えたのでしょうが「イントロはカッコイイ」「歌が始まると踊れない」「ヴォーカルがなければ最高」....。ちょっと可哀相すぎますね。
 しかし、その場に立ち会った私も、私の友人もなんとなく乗り切れない雰囲気をヒシヒシと感じていたことは事実。「結合をはかったが、いまだ未消化」って感じだったんでしょうか。アルバム『REI MOMO』とそのワールド・ツアーはバーンの音楽活動の中でも未だに問題作と言われています。

 でも、今になって考えると僕らロック・ファンにブラジル音楽を紹介して、さらには生のサウンドまで聴かせてくれたんだから、それなりに意味のあることだったんじゃないかな。本当の話、'89年の東京公演というのは数千人もの日本のロック・ファンが初めて生のバイーア・サウンドに触れた歴史的な瞬間であったわけだし。

 そしてそして苦節4年、バーンは'93年発表のアルバム『uh-oh』(ウー・オー)でその雪辱(?)を晴らします。これは凄い!本当に凄い!ラテンリズムの導入などやりたいことは『REI MOMO』と同じなんだろうけど、力を込めてて世に問うた(そして失敗した)『REI MOMO』に比べ、肩の力の抜けた実に陽気な作品になっています。さらにいつのまにか「汎ラテン・ミュージックとの結合」もごくごく自然な形で成功しているんです。捨て曲ゼロ、とにかくゴキゲン、そして最後はグッと来る超名作といえるでしょう(ついでにジャケットも最高!)。
 しかもこの『uh-oh』、「アルバム良ければツアーも良し」ってなワケで、この時はライブもゴキゲンでした('93年5月に来日、東京と川崎にて公演)。さらにそのライブの模様は『BETWEEN theTEETH』というタイトルで映画化され、ヴィデオにもなっています。「ふ〜ん、どんなヒトなのかな?」という人にはこのヴィデオをお薦めします。本当に是非「動くバーン」を観て欲しいと思っているんです。ダンサブルでちょっと(かなり?)クレイジーなノリは正に「魅せる」といった感じで、初めて観た人でも「な、なんだコリャ?!」と思わず見入ってしまうでしょう。

 そうそう、皆さん絶対バーンを見たことがありますよ。なぜかこの人、日本のTVCMに度々登場してまして、古くは'84年ごろタカラ・缶チューハイのCMで巨大なブカブカ・スーツを着て体を揺すりながら奇妙なダンスを踊り、'90年ごろにもAGFコーヒーのCMでモデルを務めていました。コーヒーのCMはわからないと思うけど、缶チューハイのヘンな外人は何となく覚えていませんか?

 そしてバーンのもうひとつの顔が、自ら主宰する"Luaka Bop"(ルアカ・バップ)レーベルでの「ワールド・ミュージックの伝道者」です。ブラジル、キューバから喜納昌吉まで、メジャーなロック・ビジネスには乗らないけれど素晴らしいサウンドの数々を、Luakaをベースに全世界に発信しています。
 スキーバスの中でかけて、アミーゴ達がホームシックになってしまった(のかもしれない)のが、そのLuakaの第1作目、ブラジルのちょっと懐かしいポピュラー音楽を集めたコンピレーション盤『beleza tropical』(ベレーザ・トロピカル、'89年発表)です。これは!もう!超お薦めです。太字で点滅(Netscapeの人のみ)させてしまうくらいお薦め。次に紹介するカエターノ・ヴェローゾをはじめとして、ジルベルト・ジル、ミルトン・ナシメント、ジョルジ・ベン、ガル・コスタといったMPB(Musica Popular Brasileira、エミペーベーと読む)の代表格が厳選のうえ収録され、私などこの1枚でMPBの何たるかを知ったほどです。購入後7年を経ていまだに愛聴盤。これからブラジル音楽と付き合いたいという人は、まずはこの1枚からでしょう。特に今まではロックを聴いて来たんだけど、これから....という人に強くお薦めします。

■じゃあ"MPB"って何?

 それでは、ここでちょっと遅くなりましたがMPBの説明を。なかなか説明の難しいところではあるのですが、'50年代末に誕生したボサ・ノヴァは、サンバ・カンサウン(カンソーン)などの大衆音楽がモダンに展開したもののようです。それに対して、'60年代生まれのMPBは「ブラジルの伝統音楽とロックの子供」と呼べるかもしれません。正式(?)には「ポスト・ボサ・ノヴァとして誕生した'60年代以降のブラジルのポピュラー音楽の総称」とかなんとか言うようですね。
 リズムやコード進行が限定的なボサ・ノヴァに比べ、ロックの子供・MPBはさすがに多種多様。ビートルズやサイケ、フージョンやディスコ、はたまたヒップホップやノイズまで、その時代時代の新しい血を受け入れ、かつブラジル音楽としてのカラーを失わずに今日も進化を続けながら誕生しています。どうです?ちょっと聴いてみたくなりましたか?
 中心人物もボサ・ノヴァとは微妙に異なります。世界的にも有名なジョアン・ジルベルトやアントニオ・カルロス・ジョビンは「ボサの人」、上記のカエターノ、ジル、ナシメントらは明らかに「MPBの人」です。もちろん仲が悪いとか、そういうことではなくて、お互いの交流も盛んにはかられていますが微妙な距離、そうだな、日本やアメリカでの「ジャズとロックの関係」を想像してもらえばいいでしょうか(超乱暴!でも何となくわかりますよね)。
 
 「ブラジル音楽いいねえ!ボサノバ、ボサノバ!」と騒ぎ立てる人が、音楽をやっている人の中にも結構いたりするんですが、「ブラジル=ボサノバが全て」と短絡的に結びつける人は今のブラジル、リアルなブラジル音楽を見ていないという気がします。
 ボサ・ノヴァは'50年代に生まれた新しい音楽ではあるけれど、ちょっと伝統工芸的なところがあるんですね。「観光的」といっては言い過ぎかもしれませが、まあ、そんな感じ。それに比べてMPBはワイルドでありながらハートフル、ブラジル人のためのブラジル人による音楽、もっといえばブラジル人とその生活そのものって感じがします。ちょっと難しくなってしまったけれど、ホラ、レストランだって観光客向けよりも現地人に人気ってところの方がおいしいじゃないですか。カンタンに言えばそういうコトです。
 あと、英語も使われるボサ・ノヴァに比べ、MPBは圧倒的にポルトガル語で歌われています。しかもブラジル人の生活に密着した「ブラジル・ポルトガル語」で、実はそれも魅力のひとつなんじゃないかな。独特の破裂音やリズムが本当に音楽的。言語まで含めてMPB、ですね。

 もちろんボサ・ノヴァだって素晴らしい音楽で、いずれここで大特集しようとも考えていますが、今回はあえて外して、MPBオンリーで突っ走ります。と、いったところでちょっと長くなってしまったのでページを改めましょう。重いのヤでしょ?度々すいませんが、下のカットをクリックして下さい。



いよいよ登場!
カエターノ・ヴェローゾ
クリックしてください



-このページの参考-

■ホームページ Francey's David Byrne Website http://www.talking-heads.net/davidbyrne/

ファンページだがバーン本人の「驚いたよ!」というメッセージとサインもあり。
内容、デザインとも充実。素晴らしいサイトです。Good job ! Francey !
■書籍ほか ミュージック・マガジン 89年11月号、12月号(ミュージック・マガジン刊)

89年来日時のライヴ・レポート、インタヴューが掲載されている。但し悪評。

映画「夢の果てまでも」プログラム 92年3月発行(東宝出版事業室)

この映画の為に書き下ろされた曲'Sax and Violins'をもってヘッズ名義の活動は終了。使われているのは冒頭の何でもないシーンだが、ヘッズ解散が頭をよぎり映画を観ながら思わず泣けてしまった。




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