インターネットロックページ共同執筆 新譜/名盤クロスレヴュー |
月刊 ロック・クルセイダーズ No.015 Feb.'00 |
2000/02/20 Updated |
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今月は名盤の月です Good Old Choice of this month 10cc : The Original Soundtrack 532-964-2 (Mercury) 1975 /1996 | ||
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● 懺悔と感謝でいっぱい
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黙っていればいいものだとは思うが、この際白状...いや、懺悔してしまおう。このアルバムを僕はかつて購入し、その後中古CDショップに売り飛ばした経験がある。そんなアルバムが数年を経てこんな形で聴き直すことになろうとは...。 その時の僕はこの10ccというグループも現在はビデオディレクター・チームとして名が知られているゴドレイ&クレームが在籍していたユニットぐらいのことしか知らなかったし、この「サウンドトラック」だって"I'm not in Love"聴きたさに買った程度の思い入れしかなかった。"I'm not in Love"を聴きたい時だけCDラックから取り出し、聴き終われば元の場所に戻す...やがてある日、中古CD屋に売り飛ばした。そして今回のクロスレビューのために中古CD屋でこのアルバムを買った。つまり、僕のこのアルバムに対する認識と印象はそれぐらい低いものだったのだ...さっきまでは。 このアルバムと一度別れてからも僕はさまざまな音楽と出会い、その度に自分のリスナーとしてのキャパを拡げてもらい、キャパを拡げたことでまた新しい音楽の良さに触れることの繰り返しだった。そして、そんな繰り返しを経た僕は今、本当に遅まきながらこの『サウンドトラック』を楽しんでいる。と同時に、かつての自分を恥ずかしく思うばかりだ。 非常に個人的な感覚で申し訳ないのだが、このアルバムを聴いていると「あ、この感じは誰々のあの感じと同じ」というキーワードがいくつも浮かんでくる。音やフレーズが似ているというものではなく、僕のツボにはまってくるポイントが似ているのだ。クイーン(というかフレディ・マーキュリー)、ポール・マッカ-トニー、ルーファス・ウェインライト、ブライアン・ウィルソン、ベン・フォールズ・ファイブ、アラン・パーソンズ・プロジェクト、それに映画『ロッキー・ホラー・ショー』.....(「あ-、わかるわかる」と共感してくれる数が多いほどあなたと僕は同じ音楽趣味をしているかも知れない)いずれも独特のポップ・センスで僕らに心地よい毒を感じさせる人達ばかり。そんな心地よい毒のセンスをこのアルバムには細部にまで潜んでいる。 今、思えばこのアルバムを売り飛ばした時の僕はソウル・ミュージックにつかっていた時期で、それも汗とツバの飛んでくるようなボディ・ソウルを好んで聴いていた。その前はアメリカ大陸産のロックにはまっていた。そんなわけで英国人の手垢と批評性から生まれるポップ・ミュージックなど単にヒネクレタ音楽としか思っていなかった。今にしてそれは僕のキャパの小ささからくる偏見に過ぎなかったのだと言える。 長い長いまわり道だったが、今僕はこのアルバムと再会できたことを心から喜んでいる。山下さん、ありがとう! |
岩井喜昭 from " Music! Music! Music! " |
● 島国なりの妄想 |
ドリフの大爆笑で「もしもスティーリー・ダンがイギリス人だったら」なんてコントをやったら、オチはきっとこれだろう。スティーリー・ダンも10ccも、60年代末のポップシーンを裏から支えた職人達が集まったスタジオ指向のバンド。デビューも同じ1972年。ルーツへの屈折した愛情を偏執狂的なスタジオワークにぶつけ、シニカルなユーモアでリスナーをけむにまくのだが、なぜかちゃっかりとポピュラリティを得てしまった。それでも、かたやスティーリー・ダンは果てしなくアメリカ的、10ccはどうしようもなくイギリス的だ。 彼らの最高傑作といわれるこの「The Original Soundtrack」、聴いてみると確かに名曲揃いなんだが、いまいち名盤とは言い難い。壮大なオペラ「Une Nuit A Paris」に始まり、透明なバラード「I'm Not In Love」、ペタペタしたロック「Blackmail」と、最初の3曲を聴いただけでも曲調はバラバラ。アルバムのカラーが見えてこないのだ。それもそのはず、このバンドはスチュワートとグールドマン、ゴドレーとクレームという、事実上2つのユニットの集合体だった。 ベーシストのグラハム・グールドマンは、自分のバンドのために書いた「For Your Love」がヤードバーズに横取りされてヒットしたのをきっかけに、図らずもソング・ライターとしてホリーズ、ヤードバーズに数々の大ヒット曲を提供することになった人物。ギタリストのエリック・スチュワートは自分のバンド、マインドベンダーズでヒットを連発していたものの、シングルリリースされるのはいつも職業作曲家の作ったポップソングで、なかなかオリジナル曲を取りあげてもらえずに悩んでいた。目指すところは同じはずなのに、全く逆の境遇で悩みを抱えていたふたりは意気投合、彼らは10ccのポップサイドを担うことになった。 このアルバムでいうと、「Blackmail」や「Flying Junk」みたいなギターものがスチュワート-グールドマンの典型的なサウンドだ。アップテンポなリズムはいまいち粘り不足、なんとも薄っぺたくて乾燥してて、B級臭さぷんぷん(いい意味で)。ポップコーンを擦り合わせたみたいなムギュスカっとした感じ。ギターの音色はセルロイド質だ。でも文句なく楽しい。彼らは物足りないこと、やり過ぎることの可笑しさを知っているのだ。足のついた蛇なんていいじゃない、可愛くて。 言葉のひねくれかたも相当なもんで、「I'm Not In Love」なんて「僕は君を愛していないんだから、君に電話をしても変に思わないように」とか言っちゃう傍若無人さ。できれば明かして欲しくなかった偏屈者のメカニズム、守りのポーズを解き明かしてしまう。痛い人には痛いが、わからない人には一生わからないはず。これが世界的にヒットしちゃうんだからまったく大丈夫なのか世界は? かたやドラマーのケヴィン・ゴドレーとキーボーディストのロル・クレームは、デザイナーを目指す傍らスチュワート-グールドマンの周辺人物として音楽活動を続けていた。おおデヴィッド・ボウイの太古から現在に至るまで脈々と続くアート・スクール系よ。やがて楽器の開発に熱中して10CCを脱退、ゴドレー&クレームとしてユニークなレコードを発表する一方、ヴィデオ・ディレクターとして成功をおさめることになる二人は、バンドのアヴァンギャルドな側面を担った。 このアルバムでは「Une Nuit A Paris」や「The Film Of My Love」がゴドレー-クレーム作品だ。透明な音の粒が洪水を起こし、SEをふんだんに使って映像的な音響を提示する。一見堅苦しく科学者然としているようだが、ふたりはスチュワート-グールドマンを凌ぐおバカ好きだ。真摯なおバカ、完璧主義のおバカである。文化部系の妄想とシニカルな視点、顔の右側だけで笑えるほのかなウィットに命をかけている。 2つのチームの違いが誰の目にも明らかになってきたのがこのアルバムだ。次のアルバム「How Dare You!」ではさらに分裂が進んで、ついにはゴドレー-クレームの脱退に至る。「The Original Soundtrack」は、2チームがそれぞれの個性を伸ばしながら、辛うじてバンドとしての形態を保っているというギリギリのバランスの上に成り立っている。2つのカラーが融合することなく共存している曲がやっぱり素晴らしい。 彼らのポップソングの中でも最高の1曲「Life Is A Minestrone」は、珍しいクレーム-スチュワートの合作だし、「I'm Not In Love」の切ないメロディはスチュワート-グールドマンの作だが、サウンドはゴドレー&クレームのファーストシングル「5 O'Clock In The Morning」に直結している。 彼らはアルバムの全貌を見ず、その1曲、その1小節の中にありったけのアイデアを詰め込んでしまう。だから、彼らと同じだけの集中力をもって聴けばたまらなく楽しいのだが、ラジオヒットにはなかなかなり難い。そこが彼らのイギリス的なところで、ラジオ中心のアメリカのマーケットにいまいち食い込めなかったゆえんでは。と、ここまで書いて思ったのは、10ccってすごく日本人向きじゃないですか? 彼らの音楽は、ブラックミュージックの影響を直接感じさせることなくブリティッシュポップスのフィルターを通して島国の中でじっくりじっくり培養された、言わば間違っちゃったロックだ。ガラパゴスの不思議な動物たちのように。ハイトーンのノド声で、ハモるよりユニゾンしたがるボーカル、フィジカルな演奏の魅力より緻密なアイデアで勝負するスタンス、テイストの違う音楽をユーモアだけで結び付けてしまう雑食性。しかも「サウンドトラック」で「パリの一夜」である。ここまで間違えれば立派なものだ。日本人としか思えない。大陸からは絶対に出てこない島国メンタリティの必然、これもまたまぎれもなくロックの鬼っ子なのだ。 |
山下元裕 from " POYOPOYO RECORD " |
● そっとしておきたいアルバム |
結婚難時代の昨今、新郎初婚、新婦バツイチこんなケースも多いだろう。私のまわりでもチラホラ見受ける。仕合わせにはそれぞれの形があり、私は大賛成だ。しかしちょっと気になることもある。例えば新郎が自分だとする。そりゃ自分が見そめた新婦はカワイイ、アイラブユーだ。しかしその元夫、更には彼女たちのかつての結婚生活までも受け入れられるかというとこりゃ話が変わって来る。むしろ少々複雑な感情が交錯したりするのではないだろうか。まぁよくはわからないが。 とんでもないたとえだが、この10ccの名盤『オリジナル・サウンド・トラック』を聴いて思いついたのはそんな話。新郎はサダナリ、新婦は10ccの4分の2であるゴドレイ&クレームの2人、元夫は同じく4分の2のスチュアート&グールドマン、かつての"結婚生活"が10ccということになるか。おいおい、わかりやすいのかな?このたとえ(笑)。 サダナリはゴドレイ&クレームと結婚しているのか?−しているのである。彼らの怪作「マグ・ショッツ」を聴いたのが中学3年生のとき。痺れた、狂った。「こんなロックがあるのか」と思った。高校時代、ゴドレイ&クレームの製作したヴィデオ・クリップを見まくった。ポール・マッカートニーの「カミング・アップ」に始まり、デュラン・デュランの「グラビアの美少女」、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドの「トゥー・トライブス」等々、ポリスやスティングのユニークな作品の数々も彼らの製作で、「MTV時代の一角を築いた」と言っても過言ではないのだろうか。音楽ファンかつ映画狂の私が受けた影響は計り知れない。 そして彼らの本業である音楽の素晴らしさ。「マグ・ショッツ」収録の名盤『フリーズ・フレーム』('79)や、'84年に奇才トレバー・ホーンを迎えて発表された大ヒット曲「クライ」など。強烈にヒネクレながらもポップさを保ち続け、そしてあの美声。自ら製作したビデオ・クリップの数々も忘れ難きものである。白人も黒人も、男性も女性も、若者も老人も、さらにはビッグバードの顔までが分け隔てなくふわふわとワイプする「クライ」はMTV史上の最高傑作かもしれない。そしてマネキンのフル・バンドが演奏する「ニューヨークのイギリス人」の強烈さもタマラナイ。我が家にお越しいただいたロック関係の友人には全員"義務"としてご覧いただくことにしているのだが、まぁみんな驚くよ。「今晩夢に出そう」とかね(笑)。 とまぁ、ゴドレイ&クレームのことを語り出したら止まらないファン歴20年のサダナリであるが、彼らのかつてのユニットであるあの有名な10ccについてはあまり熱心には聴いていないのだった。この『オリジナル・サウンド・トラック』も一応持ってはいたのだが、なんか、ホコリをかぶっていました。聴かない理由はちょっと深刻で、このアルバムの存在理由ともいえる「Une Nuit A Paris」が奇しくも「ロック・オペラ」的な表現方法の限界を表しているように思えるのだ。要するにちょっと不完全燃焼のように聴こえるのだ。 日本のヒネクレ・ロック王、ムーンライダーズは'91年発表のアルバム『最後の晩餐』に十数分に及ぶロック・オペラ風組曲を収録しようとして、やめた。レコーディングをしたにもかかわらず、検討の末に収録を見送ってしまったそうだ。10ccやゴドレイ&クレーム、ムーンライダーズの様な探究肌のロック・ミュージシャンってなぜか共通して「ロック・オペラ」的なものにアコガレてしまうんだな。そして聴き手は...実はそれほどには望んでいない(苦笑)。ムーンライダーズの勇断のおかげで、『最後の晩餐』は非常なる名盤となった。そして、見送らずに入れてしまったのがこの『オリジナル・サウンド・トラック』...というのはちょっと酷な言い方か(苦笑)。名曲「アイム・ノット・イン・ラヴ」や「人生は野菜スープ」などは−もう十数年にわたり−本当に好きなナンバーなのだが...。 ホコリを被ったCDをひっぱりだして来て、改めて聴いて感じたのはその散漫な構成と、そして「なんか、彼らは分裂して正解だったのではないだろうか」ということだ。前述の通り、分裂後のゴドレイ&クレームの活動は順風満帆、世界中のヒネクレ・ロック・ファンを夢中にさせるものであったが、それもこの10ccからの"独立"によって可能になったものである(実験派とポップ派に別れた、などという言われ方がよくされている。ゴドレイ&クレームのことを語る時には自ら発明した怪楽器"ギズモ"のことは外せないのだが、それは機会を改めて)。 勿論10cc自体を否定するつもりは全くない。彼ら4人がこだわりつづけたポップの可能性への挑戦があってこそ、後のゴドレイ&クレームがある。それは重々承知しているのだが、なんとも、難しいよ。このアルバムは。この作品や、後年の有名作『びっくり電話』などに興味を抱くマジメなロック・ファンも多いだろうが、まずは『チェンジング・フェイセズ』という10ccとゴドレイ&クレームをまとめて収録したベスト盤をお聴きなさい。ベスト盤ながら'87年に全英チャート5位まであがった−彼らがどれほど英国人に愛されているかを証明した−名盤である。そして、次にはゴドレイ&クレームのアルバムを。 ゴドレイ&クレーム・ファンとしての私はとても仕合わせです。10ccは10ccとして認めますが、そっとしておきたいバンド、そっとしておきたいアルバム、そんな気もします。10ccファンの皆さんゴメンナサイ。私の耳が悪いのかもしれませんが。 |
定成寛 from " サダナリ・デラックス " |
See you next month
来月は " Brand New Choice " 新譜の月です
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