インターネットロックページ共同執筆 新譜/名盤クロスレヴュー
月刊 ロック・クルセイダーズ No.014 Jan.'00
2000/01/20 Updated







今月は新譜の月です
Brand New Choice of this month

SIMPLY RED :
Love and the Russian winter


3984-29942-2 (Warner) 1999



ステージ2から3への予感 

 アルバム『 PictureBook 』で85年にデビュー。ファースト・シングル "Money's Too Tight (ToMention)"(ヴァレンタインブラザーズのカバー) でヒットを飛ばし、86年にはバンドのヴォーカリスト&メインソングライターのミック・ハックネル作による刹那なナンバー"Holding Back the Years" はU.S.チャートNo.1となり、またたく間にメジャー入りとなったシンプリー・レッド。翌87年に発表されたセカンド・アルバム『 Men and Women 』では「ホーランド&ドジャー」というソングライターチームとして60年代モータウンソウルの名曲を数多く生み出した書いたラモント・ドジャーとのコラボレーションや、ジャズファンの方ならご存じコール・ポーター作の" Ev'ry Time We Say Goodbye"のカバーが話題となった。そのマニアックでありながらポップに聴かせるセンスは89年発表のサード・アルバム『 A New Flame 』でも功を奏し、特にハロルド・メルヴィン&ザ・ブルーノーツの72年のヒット曲"If You Don' t Know Me by Now"のカバーは大ヒットとなった。
 しかし、ヒットナンバーが他人のペン、それもソウル・ジャズ系による曲ものだったことから「黒人音楽好きな英国人がそのおいしいところを持っていった」という批判の声もあった。"デザイナーズ・ソウル"というレッテルを貼られていた(これはバンドの衣装デザインを有名ブランドであるポール・スミスに白羽の矢を立てたことも大きく関係していた)のもこの頃である。

 その彼等が大きく変化をとげたのが91年に発表された4枚目のアルバム『 Stars 』だ。全曲オリジナルでまとめられたこのアルバムはU.K.チャートに19週ランク・イン、この年イギリスで最も売れたアルバムとなったのをはじめ、全世界で8500万枚という驚異的な売り上げを記録した。現在ドラマーとしてだけでなく、そのプログラミングのセンスやプロデュースワークで世界的に知られているGOTAこと屋敷豪太のが加わったのもこのアルバムからだ。
 しかし、GOTAの参加の背景にはオリジナルメンバーのドラマーの演奏力に不満を持ったミック・ハックネルが彼にクビを言い渡し、GOTAに「よりいい音楽を作るために」参加を要請したという事実がある。実はそれ以前にもメンバーのすげ替えは幾度となく行われていたシンプリー・レッドだったが、GOTAの参加をきっかけにその「ミック・ハックネル主導のコラボ・ユニット」という形態をますます強めていく。(ミック・ハックネルの性格の悪さが伝えられだしたのもこの頃からである)
 続く5枚目のアルバム『 Life 』(95年発表)ではGOTAは不参加、さらに6枚目のアルバム『 Blue 』(98年発表)ではミック・ハックネルとともにバンドのオリジナルメンバーとして最後まで残っていたキーボードのフリッツ・マッキンタイヤーまでもがバンドから離脱してしまい、「シンプリー・レッド=ミック・ハックネル」という図式を決定づけた。だが皮肉にもバンドとしての形態が崩れていくのに反比例してアルバムのクオリティは加速度的に高まっていったのも事実である。

 さて、長々と彼等の過去を語ったのは、シンプリー・レッドというこのグループの歴史が「バンド」と「ユニット」のはざまで揺れ動きながら来たという背景を知っていると今回取り上げたニューアルバム『 Love And The Russian Winter 』がより楽しんで聴いてもらえると思ったからだ。
 ニュー・アルバムのプロデュースは前作同様、AGM(これはミック&GOTA&アンディ・ライトの3人の頭文字をとってつけられた名前であり、3者のコラボレーションによるプロデュースであるという意味を持っている)だが、アレンジ&ミックス共に「バンドっぽい」音作りがされているのが特徴だ。アルバムの裏ジャケに登場している人物達はいずれも前作の発表後に行われたツアーに参加したメンバーなのだが、前作がAGMの存在以外は特に顔の見えなかった匿名っぽいバンドサウンドだったのに対し、今回は個々の存在がはっきりされた記名性のあるバンドサウンドになっている。これはおそらくミック・ハックネルが現在のバンドとしてのポテンシャルに相当自信を持っていることの表れだとだろう。(オフィシャルサイトによせられた彼のニューアルバムについてのコメントを読むとそれを想像するのはたやすいものだ)

 ソウル・ミュージックだけでなくジャズ、テクノ、レゲエ、そして今回はこれまでになかった生音のテイスト(鈴木賢司のギターがそれをもたらしている)を加え、『 Stars 』以降のサウンドの集大成+アルファともいう内容になっているアルバム。6曲目の"Words For Girlfriends"などはギター・ソロのフェイジング・サウンドの汚れ方がロックっぽく、バックトラックとのマッチングがT-Neckレーベル時代のアイズリー・ブラザーズを思わせ、個人的にはベストトラック。(ミック・ハックネルはアイズリーの『 Mission to Please 』というアルバムで彼等に曲を提供したことがあることを思うと鈴木賢司の参加要請のウラにアイズリーっぽいサウンドを出してみたいというミックの意図が見えてきそうだ)

 デビューから『 Stars 』以前の彼等をステージ1とするならば、『 Stars 』から始まったステージ2は今回のアルバムでそのストーリーを完結した。「バンド」と「ユニット」のはざまを往来しながら、ついにはバンドサウンドを生み出せるユニットとして成長した。頭数だけ揃えて「俺達はバンドだぜ」という幼稚な発想ではなく、互いの音楽性をサウンドに反映させることのできる実力と信頼関係をもったプロフェッショナルな集団としての変貌をとげたのである。
 ひとつの完成形を見た彼等...というよりミック・ハックネルが次に向かうステージ3はどこにあるのか。「同じメシを食べ続けていられないように、同じ種類の音楽をやり続けられない」と自称するミック・ハックネルがこのまま同じ内容のアルバムを出していくことは考えれない。まるで次回作の前ふりを本編に組み込んでしまうハリウッド映画を見せられた時のように、次を期待しながらもこのアルバムを楽しんで聴いている。
 最後に「"ロック・クルセイダーズ"はロックについて語るページなのにシンプリーレッドはブルーアイドソウルに属するのでは?」と疑問に思われた方もいると思う。実際、今回のセレクトを決めた私自身「シンプリーレッド=ロック」という直接的な認識を持ってはいない。しかし、ロックのアルバムほど表面化しないものの(ジェフ・ベックの新譜ほどあからさまではないとは言え)シンプリーレッドの音楽に内包される種類の音楽の多様性を考えれば「蒼い目のソウル」なんて簡単な括りでは語れないと思うし、時代のテイストを横目で見つつも独自のスタンスで音を鳴らしていく現場感覚は(あざとさの面で勝てはしないが)ストーンズ同様、英国人特有の批評感覚をいい形で音楽に取り込んでいるとして評価に値するものだ。
 そして何よりも「いい音楽作るためだったら友達だろうと苦楽をともにしたメンバーだろうとぶったぎる」ミック・ハックネルの生きざまは『ロック』だと僕は思うのだが、いかがだろう?

岩井喜昭 from " Music! Music! Music! "



ものたりなくないのがものたりない、
よく出来たポップロックアルバム。 

 最近のロッククルセイダーズは、顔も見たことのないほかの2人のメンバーに興味津々。こんなアルバムを取りあげたら彼らはどう出てくるだろうか、なんて水面下の駆け引きを繰り広げているわけです。読んでくださっている方々にとっても、3人が同じアルバムを同じように絶賛するんじゃ面白くないでしょう。スタンスのずれの中にこそロックが潜んでいるんじゃないかとそんなもっともらしい妄想を抱きつつ、今月のテーマはシンプリー・レッド。これが書き難い。朝の連ドラのセリフじゃないけど、口当たりはお洒落なんだけど話題が膨らまないアルバムなのだ。

 シンプリー・レッドは80年代中期のイギリス、スタイル・カウンシルなんかを輩出したソウルブームから出てきたバンドなんだそう。確かにあの頃のテイスト、イギリスの親しみやすいメロディと汗の匂いのしないノーザンソウル風味を基調に、ジャズやレゲエで香りをつけたような音楽だ。同世代のバンドは今やそれぞれまた違った異種配合を見せているけれど、シンプリー・レッドのアプローチは80年代のまんま、ソウルのエッセンスをあくまでポップにソフィスティケイトして、時代の音と巧みに融合させている。手触りはスタカンあたりよりむしろ日本人に近いのかな。生真面目で緻密で、オリジナルに対する真摯な姿勢が伺える演奏だ。
 プロデュースを担当しているのは屋敷豪太を含む3人のユニット。かっちりしていて隙がまったくない。次はこう来るんだろうなっていうリスナーの予想を裏切ることなく、そして想像よりワンランク上の演奏を常にキープしていて大変聴きやすい。お父さんに手を引かれて、斜め30度上空を見上げたまま連れられていく子供ような安心感だ。ゴータ節バリバリのクラブサウンドはともかく、中盤から後半にかけてのバンド演奏はなんとも耳に馴染みやすい。
 そつのない演奏でもけっこう聴けてしまうのは、明らかにミック・ハッキネルのボーカルの魅力のせいだ。ほんのり暖かくて素直で渋い、恵まれた声質の持ち主。これみよがしに声を張り上げることがソウルフルだと勘違いしているボーカリストが多い中で、ミックのボーカルはコントロールされた歌声の中に豊かな表情を漂わせる。ちょっとロマンティストな優等生、といった風情だ。

 で、結局このアルバムが好きかと問われればまあ好きなんだが、自分から進んで買うことはないだろう。ボーカルも演奏も予想通り、なんの危うさもなくスルスルと流れていくんで、ドライブのお供にはちょうどいいかも。でもその過不足のなさがものたりないのだ。この原稿を書くにあたってアルバムを何回も聴いたんだが、うっかりしてると聴き終わってて何にも残らなかった。ゴリっと頭を叩く音がない。ザクっと心を掴む瞬間がない。世界観にもう少し、心のヒダみたいなものはないんだろうかと思ってしまうのは、僕が鬱屈した人間だからだろうか。ロックにお父さんはいらないと思うよ。

山下元裕 from " POYOPOYO RECORD "



もっとすごいことができるはずだ 

 シンプリー・レッドというバンドとは妙なお付き合い。実はアルバムを買うのは今回が2枚目になる。過去に買ったのは'91年に全英売り上げナンバー・ワンを記録したという『スターズ』だった。しかしちょっと妙なきっかけで、ヴォーカルのミック・ハックネルや、バンドとしての魅力よりも"屋敷豪太"という異才に惹かれてのことであった。

 屋敷豪太はシンプリー・レッドのドラマー兼サウンド・プロデューサーで作曲、アレンジの他、ベース、ギター、キーボード等何でもこなす。'80年代前半から中盤にかけて"ルード・フラワー"、"ミュート・ビート"といった東京のニューウェイヴ系バンドを渡り歩き'88年に渡英。シネード・オコナーやソウル・?・ソウルなどとコラボレーションの後シンプリー・レッドに参加、現在に至っている。
 ソロ・アルバムも2枚発表。私はミュート・ビートの熱烈なファンだったので'93年のファースト・ソロアルバム発売直後に、「バンドではどんなことをやっているのだろう?」と『スターズ』を後追いで買ったのだ。
 豪太選手の2枚のソロ・アルバムは超愛聴盤であり、一種の「豪太サウンド」の様なものを理解しているつもりである。クラブ系であり、大きなメガネとベレー帽、そして海外で大活躍という点からテイ・トウワを連想する人もいるかもしれないが、実は2人のサウンドは対照的である。'90年代に21世紀の音楽をテクノロジーを駆使して創り出していたテイ・トウワに対し、豪太選手は同じ'90年代に'70年代の音を肉体を駆使して創り出していた。もたらされる快感は同じであったが、かくの如く方法論は対照的であった。

 さて、今回のアルバムは...難しいな。どういえばいいのやら。「あ、ここは豪太だ」と思う箇所は多々ある。例えば1曲目「ザ・スピリット・オヴ・ライフ」のオルガンや、4曲目「ザ・スカイ・イズ・ア・ジプシー」のワウ・ギターなどなど。しかしそれはあまりにも唐突に現れて、全体との調和を欠いている様にも思う。それに比べて彼のソロ・アルバムのトータリティの見事さといったら...。

 結局、シンプリー・レッドというバンド(ユニット?)は何なのだろうか?ヴォーカルのミック・ハックネルによるブルー・アイド・ソウル・バンドなのかもしれないが、ジャミロクワイが売れてしまった今となっては、なんとも中途半端な印象があるし、アイディアに溢れた豪太のサウンドも全体に対して有機的に作用しているとは思えないし...。
 ハックネルの力量−もう彼もヴェテランの域に達しているのだろう−もなかなかののだし、豪太という類まれなるサウンド・クリエイターも擁してしるのだが、なんとも、うまく機能していない様な気がするのだ。

 イギリスのいちバンドの運営に、遠く日本のサラリーマンである私が思い悩んでも仕方がないのだが(苦笑)...いや、そんなことはないか。実に15年以上も意識してきた屋敷豪太という異才のホームグランウンドなのだから、多少は真剣に悩んでもいのかもしれない。彼を送り出した日本のロック・ファンとして。

 もっとすごいことができるはずだ−豪太を知る者ならば、このアルバムを聴き、きっとそう考えるだろう。果たして豪太自身満足しているのだろうか...。

定成寛 from " サダナリ・デラックス "






See you next month

来月は " Good Oid Choice " 名盤の月です


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